第19章──剣Ⅲ
Ⅲ
「また死人がでたか………祟り神だ…これは矢馬女様の仰るとおり祟り神の仕業に違いない…。一刻も早く鎮めてもらわねば…」村では民たちが次々に倒れる怪奇現象に見舞われていた。取り憑かれると嘔吐と下痢を繰り返し、たった四~五日で死んでしまう。ごく希に助かった者は神の加護を受けた〝幸人〟と称されて厚く敬われるほどだった。
猛威を振るう祟り神に、民たちは為す術もなく家に籠もって怯えるだけの毎日を過ごすしかなかった。事態を重く受けとめた矢馬女の側近たちは、民たちの悲痛な訴えを矢馬女に伝えた。
「矢馬女様の呪いだけが唯一の救いです」けれど矢馬女は即答しなかった。ここ数日の間、寝室に引き籠もっていた矢馬女は恐怖に慄いていたのだ。次々と祟り神に襲われる民たちのように、いつか自分も呪われて殺されてしまうのではないかと思うと、とても表に出る気にはならなかった。けれどそのことは自らの神格を保つため、決して誰にもこぼせない孤独な現実だった。
そんな矢馬女の思いを余所に、祟り神を退治してほしいと頼み込む民たちの訴えは日増しに大きくなっていった。どうにもならなくなった矢馬女は、〝これから不眠で神に祈りを捧げる〟と告げ、そのための小さな小屋を作らせた。小屋の回りには多くの家来を配置して、何人も中に入らせないようにした。この約束を違えれば村は全滅すると告げ、万が一やむを得ない用件があるときは、外から大声で叫ぶよう命じたのだった。
小屋は神に祈りを捧げるためのものではなく、自分が祟り神に襲われないよう隠れ蓑として作らせた偽りの祈り小屋だった。
○
種女にお告げがあったのは、矢馬女が小屋に籠もってから数日後のことだった。お告げは民たちを救う内容を意味していた。そのことを唯一葉女だけには打ち明けたが、他の誰かにどうやって伝えればよいのか──種女は幾日も悩み続けた。
──「こんな大事なお告げを私に教えるなんて……神様はなんて意地悪なことをなさるの…」神に噛みついてみても、どうなるものではないと知りながらも、種女は一人ぼやいてしまうのだった。
──「…こうやってうじうじしている間に村の人たちは命を落としていく…。どうしたら…どうしたら…」焦る種女に一人の女が浮かび上がった。
──「そうだ、里女様…浦祇乃里女様にお願いしてみよう!…あのお方ならきっと…」どうしてもっと早く気づかなかったのだろうかと、自分に呆れながら種女は里女を頼ったのだった。
「なんと!……この災いは祟り神の仕業ではないと申すか?」
「はい里女様、お告げを受けました。ですが…ですがこのことを村の民たちには申せません。矢馬女様は祟り神と申しておられます……私のお告げが矢馬女様と違っていることが分かれば………私は…」
「ならば祟り神ということにしてしまおう…」
「えっ!?祟り神の仕業に?」
「そうじゃ!祟り神の仕業だということにして…」里女は種女に張り付くように近づいて耳打ちした。静かに耳を傾けていた種女は、その策を素直に受け入れたのだった。