表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/104

第19章──剣Ⅱ

 Ⅱ


 村は(やみ)(つつ)まれた。民たちの姿は見えない。家の床下(ゆかした)に深く穴を堀り、そこに身を(ひそ)めていたのだった。

 女に化けた布羅保志之(ふらほしの)綿(わた)()だけが、()(にえ)用の石台の上で(なわ)(しば)られ……そして────ガタガタと震えていた。

 生ぬるい風が(ほほ)()めるように通りすぎる。「や、や、やっぱりよせばよかった…」後悔(こうかい)したが、時すでに遅しというやつだ。

 暗闇から〝ばしばし〟と(えだ)()()ける音が(せま)ってくる。生ぬるいだけだった風に生臭(なまぐさ)さが加わった。

「うぅ~…なんだぁ、この胸の悪くなるような臭いは…」やがて不気味(ぶきみ)に光る鬼灯(ほおずき)のようなオロチの目が(ほの)かに宙を舞いだした。

 雲に隠れていた月が姿を現すと、月光(げっこう)(もと)にオロチは全身を(あら)わにした。「あれが奴か…。想像以上におどろおどろしい化け物だ…」オロチは綿胡(わたこ)の存在に気づいたが、それより先に温めていた酒と(ばっ)(かす)の甘い香りに誘われたようだった。

主食(しゅしょく)は後というわけか…。こっちとしては助かった………たらふく飲んで酔っぱらってくれ…」オロチは八つの(さか)(がめ)にそれぞれ一つずつ頭を突っ込み、強い酒を(うま)そうに飲んだ。半分飲んだところで、今度は酒瓶の(かたわ)らに置いてあった麦粕の甘い匂いに誘われて食らいついた。酒粕(さけかす)とはいえ結構なアルコール度数(どすう)だ。さらに酔いは回り、お腹もドッシリと重そうだ。「よし…また酒を飲みだした。その調子だ、全部飲み干せ…」綿胡は息を殺してオロチの様子を見ていた。


 麦粕を酒の(さかな)に、とうとうオロチは瓶の酒をすべて平らげてしまった。大蛇の化け物といえども、このもてなしは相当(こた)えたらしく、ぐでんぐでんに首をくねらせている。

「今しかない!」へべれけに酔ったオロチに勝機(しょうき)を感じた綿胡は、(しば)られたふりをしていた(なわ)をはずし、霊神から(さず)かった(つるぎ)(じつ)(げつ)(こう)〉を出現させると、左手にしっかり握りしめ()(こう)からオロチに突っ込んでいった。

 けれど(くさ)ってもオロチだ。意気込(いきご)んで近づいてくる綿胡を見つけると、長い八つの首を一斉(いっせい)にそっちに向けた。真っ赤に光る鬼灯(ほおずき)のような十六個の(まなこ)は、動く綿胡から()れることはなかった。綿胡は危険を回避(かいひ)できるぎりぎりの距離までオロチに近づき、向かって一番左の頭を標的(ひょうてき)にした。オロチは大きな口を開けて綿胡に襲いかかってきたが、予想(よそう)どおり動きは(にぶ)かった。綿胡は(なん)なく体をひらりと(かわ)して首の根元に回り、そのまま〈(じつ)(げつ)(こう)〉を振り下ろした。オロチの首は綿胡の胴体の何倍も太かった。それでも確かな手応(てごた)えを感じた綿胡は、次の瞬間、オロチの首が宙を舞っている図を想像した。

 ところが──(はがね)(よろい)のようなオロチのウロコは、首を()ね飛ばすどころか食い込みもしない。

 ──「なんだこれは…?動きが鈍くなってもこれでは歯が立たない…」綿胡は一旦(いったん)(うし)ろへ引き、オロチと(じゅう)(ぶん)()()いを取ると、自分が甘い考えで戦いに(いど)んだことを思い知った。

「ふんっ…酔ってはいても、こいつは妖蛇(ようじゃ)八俣(やまた)大蛇(おろち)だぞ。()()(さき)だけで倒せると思ったのか?」

「うるさい…みなまで言うな……まずは相手の力量を確かめてみただけだ」

(きも)は小さいくせに負けん気だけは強いな」霊神(れいじん)のイヤミに〝むっ〟とした綿胡だったが、内心は〝そのとおりだ〟と受け入れていた。

「頭が八つというのは、思っていたより厄介(やっかい)だな…。回り込みたくても、必ず頭のどれかがこっちを(にら)んでやがる…。動きが鈍い間になんとかしないと…」(あせ)る綿胡は右に左に体を動かしながら、なんとか脇に回り込もうとしたが、オロチはそれを許さなかった。

 ──「何かよい(さく)はないものか…………奴の気を()らせる良い策が…」考えていた綿胡は何か(ひらめ)いたのか──霊神に尋ねた。

「この剣を投げたらどうなる?」

「危険な行為(こうい)だ。もし奴に(うば)われたらそれでお仕舞(しま)いだぞ…」

「…では(ひも)(くく)り付けることはできるか?」

「紐………………お前は本当に変わった奴だな…」

「どっちなんだ?できるのか?できないのか?早く答えろ!」焦って(いら)つく綿胡は霊神に噛みついた。

「できないことはない…。さっきお前が使っていた縄を使え。だがそのままでは駄目だ。この剣は()()()のモノではないから、お前の霊気で縄の(たましい)を取り出せ…物魂(ぶっこん)と呼ばれるものだ。まぁ、お前ほどの霊力があれば難しくないはずだ」

「そうか…礼を言う」綿胡はさっきまで自分を縛っていた縄を手に取ると、霊気を高めて縄から魂だけを抜き出すようイメージしてみた。

 すると────()たして綿胡の手には、限られた者にしか手にすることができない、もう一本の縄がしっかりと握れたのだった。

「ふんっ…霊力だけは大したものだな。人間としては頼りないが…」

「お前はどこかの()()()()()()のように、いつも一言多いな…」

 綿胡は(つね)にオロチとの間合いを(はか)りながら、剣の()に縄をしっかりと括り付けた。そして、カウボーイよろしく剣の付いた縄を頭の上で回し始めたのだった。オロチは縄の先でくるくる回っている剣から目を(そむ)けようとしない。

「見ろ……奴め、剣の行方(ゆくえ)が気になるようだぞ」気を良くした綿胡は、そう言いながら徐々に縄を伸ばして剣の回転を大きくしていった。

 ──「よし今だ!」(ころ)()いをみて綿胡は剣を上空に向けて(はな)った。手で放り投げるよりも、(はる)かに高く飛んでいく。

「なんだ!?オロチに向かって投げるんじゃないのか?…………それとも放す方向を(あやま)ったのか?」

「うるさい黙って見てろ…」いちいち心の中に話しかけてくる霊神にイラつきながら、綿胡は剣の行方を追っているオロチの目を追った。

 ──「思ったとおり…奴は上空に舞い上がった剣に気を取られている。…後ろに回り込むなら今しかない」綿胡はオロチのバカデカい図体(ずうたい)の真横をすり抜けて一気に背後(はいご)へ駆けていった。そして尻尾の先を足がかりにオロチの背中に向かって登りだすと、剣を括った縄を手繰(たぐ)り寄せ始めたのだった。

「なるほど…この縄は剣を引き戻す使い道もあったんだな」

「力不足は頭で(おぎな)う………背中に乗れば、さすがに奴も仕掛(しか)けては来れま…ぐがぁっ…」ところが──綿胡が話し終わる前に、強い力に(はじ)かれて宙に飛ばされ、次の瞬間、引力に(したが)って地面に叩きつけられた。

「がはっ……なにがあったんだ…?」

「尻尾だ…………。奴の尻尾を見てみろ…」霊神に言われるまま尻尾に目を()って綿胡は驚いた。オロチは八本の尻尾をまるでゴムのように長さを自在に変えながら〝びんびん〟と振り回していた。

「背後もダメか…………いたっ…」立ち上がりかけた綿胡は、熱い痛みを覚えてへたり込んだ。

「…ダメだ…足をどうかしたらしい…」もたついているうちに、たちまちオロチの八つの顔が綿胡を(かこ)んで上から見下ろした。

「ここまでか…」オロチは真っ赤の鬼灯(ほおずき)のような目をさらにギラつかせながら綿胡を()めるように見ている。

「…ん?オロチの奴、黙って私を見ているだけだ…。助けてくれるというのか…?それになんだか身体が浮いたようで心地よい…」

「何を気楽なことを!オロチは黙ってお前を見ているんじゃない…お前の霊気を吸い取っているんだ。身体が浮いてるように感じるのはそのためだ。早く逃げるんだ…このままだと魂を吸い取られるぞ」 

「逃げたいが……もう動けない…力が抜けて…………眠気も襲ってきた…」

「おい…おいっ…しっかりしろ!私は、私自身をお前に(あず)けたんだぞ…そんな簡単にクタバらんでくれ…」

「そうしたいんだが…………目の前が…だんだんと…」綿胡は自分が意識の底の(やみ)(ぶか)くに沈み込んでいくような気がした。

「以前は霊神に命を救われたが………………今度こそ…今度こそ終わりか…」

 やがて、胸の鼓動(こどう)が静かに止まると──────白い息を吐き出すこともなくなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ