第18章──第二の剣
第二の剣
Ⅰ
真堕羅の中央には石の台座が据えてあった。この台座の上には赤色の大きな玉が一つ埋め込まれてあって、意味もなく不気味な光を放っていたのだった。
「辰夜代様、この悍ましい玉はいったい何なのです?」蛇の姿をした一匹の堕羅の亡者が、恐々と玉を覗き込みながら辰夜代に尋ねた。
「知りたいか?…ならばその玉に触れてみるがいい」少し躊躇した堕羅の亡者だったが、思い切って自分の喉を玉の上に乗せてみた。すると、堕羅の亡者の真上に立体映像が浮かび上がったのだった。そこに映し出された映像は、無抵抗の家族が容赦なく殺害されるという残忍なもので、普通の人間なら目を覆いたくなるような場面だった。「ふんっ……それが人間界で初めて生を受けた時のお前の人生だ。極悪非道な人間だったお前は、人を殺めても後悔も反省もなかった……ゆえに堕羅に落ちた…。堕羅の亡者どもは自分の生きた人生さえも覚えていない…。お前は今、自分の犯した罪を人ごとのように見ているだけだろう…」
「ほほう、辰夜代…よく知っているな…。ではこの玉の正体が分かるか?」それまで黙って聞いていた蚣妖魎蛇が、逆に辰夜代に尋ねた。
「それは…。…いえ…そこまでは…」辰夜代はあえて知らぬ振りをしたようだった。
「目玉だ…オロチの目玉。ヤツの頭は八つ、目玉は全部で十六個ある。その目玉の一つがこの玉なのだ」
「つまり、復活させようとしている真堕羅のオロチの目玉の一つがこれなのですか?」
「そういうことだ。この玉に触れれば、人間界での最初の人生を知ることができる」
「堕羅の亡者に限っては、人間界で生きていたことさえ忘れて醜い姿に成り下がっておりますから、こうして過去を知ることができる霊具は重宝ですね」
「あぁ、そういうことだな…。目玉一つにこれほどまでの霊力を秘めたオロチ…なんとも悍ましい奴だ……くっふっふっ」逸る気持ちを抑えて、蚣妖魎蛇はオロチ復活のときを待った。
Ⅱ
「ご主人様…満月に…御扉が…」いしは錫の周りをクルクルと軽やかに駆けまわった。
「うんうん!正解だったようだよ…………ひ、開いちゃってるよ…全開だよ…フルオープンだよ!」いつものようにクリクリとした大きな眼で神前の御扉を凝視する錫の目は、肉体を抜け出しても変わりなく愛らしかった。錫たちを迎え入れるかのように開かれた御扉は、もちろん肉眼で見える御扉とは別物──別世界の御扉だった。そこには同じように御簾も掛かっていて、向こう側は見えないようになっている。錫は手慣れた手つきで御簾をくるくると巻き上げて、しの字型のかぎに引っ掛けた。
「いし……これって…なんだろう?」錫がこれと言ったものは、ぽっかり浮かんだ小さなブラックホールのようだった。
「そんなに大きな穴ではないですが、この渦の巻き方……異次元に続いているような雰囲気がプンプンしますね…」
「つ…突っ込んでみようか?……手を…」
「い、いけませんよご主人様…もし手を切り落とされたらどうするのですか?」
「イヤぁ~ん…いし、コワいこと言わないでよぉ…。で、でも、このまま見ててもどうにもならないしなぁ…。剣を探してて辿り着いた穴だから、きっと大丈夫よ…。よ~し、思い切って手を入れちゃう…錫ちゃん!」ローマのサンタ・マリア・イン・コスメディン教会にある〝真実の口〟よろしく、錫は恐る恐る自分の左手を、得体の知れない渦巻く穴へと突っ込んでみた。
「…………ギャ────っ!」。「ど、どうしましたご主人様!?」
「……テヘヘヘ…ちょっとやってみたかっただけ…」。「ご、ご主人さまぁ~…………こんな時に冗談はやめてください…。手がなくなったのかと思いましたですけん…」
「ごめんゴメン…!」錫は舌をペロッと出した。真顔になったのは、それからすぐのことだ。「いし…………何かが私の手に…」
「またわたくしを担いでいるのですか?」
「今度は違うよ…本当に何かが…」それは、錫が初めて本物の晶晶白露をその手に握った感覚と似ていた。ごく自然に…錫の手に寄り添うように…何かが手のひらにしっくりと収まったのだった。錫は二の腕まで突っ込んでいた左腕をゆっくりと抜いていった。手首まで抜いた時、いったん動きを止めて大きな目でいしを見つめた。「いし…驚かないでよ!?」ニッコリと笑顔でいしにそう言うと、錫は再び手を引き抜いていった。
錫に手を引かれて恥ずかしそうに姿を現したのは、間違いなく錫たちが求めていた二本目の剣だった。月の光を纏ったようにぼんやりと輝くその刃の形は、まるで三日月のように緩やかな曲線を描いていた。
「月のような剣…」錫は天井を通り抜け、屋根の上に立つと、夜空を仰いで剣を差し出した。「これで二本の剣が見つかった!最初の剣を取り返し、そして…最後の剣も必ず見つけてみせる!……おじいちゃん、頼りない私に、どうかどうか力を貸してちょうだい…」満月に向かって誓う主人の後ろ姿を、いしは黙って見守っていたのだった。