第17章──真の親子Ⅱ
Ⅲ
たらふく食べた月見だんごを消化させるため、錫は家までの道を少し遠回りして帰っていた。
「ぷはぁ~食った食ったぁ!さすがに信枝んちのだんごは高級だったね。ほっぺたがトロケそうだったよ」
「良かったですけん、ご主人様。これでまた頑張れますね!?」
「オーノー…ゲンジツはキビシイのデ~ス。ガンバルことと、ナゾがトケルこととは…チガイま~す」おちゃらけていしを笑わせた後、錫は足を止めることなく夜空を見上げた。「ねぇいし、…月にはウサギやかぐや姫がいるの?もしくは別の国がある?」
「少なくともわたくしの知るところでは、月には何もありません。あの月の模様が、ウサギに見えるんじゃないですかね?」
「ウサギの模様かぁ…。そう言えば、堕羅の大門の玉に浮かび上がった絵もウサギだけど、月と関係あるのかなぁ…?」
「もしかすると大ありかもしれませんよ…。あのウサギの絵がもし月を表しているのだとしたら…」
「ん…?そう言われてみれば、ウサギの位置って御扉のずっと上の方…つまり空の上のあたりだね…。いし、急いで帰るよ!」
「はいですけん、ご主人様!」月明かりに照らされた錫の影は小走りにかけって行った。
〇
錫は自分の部屋の床の上で胡座を組むと、〝みとびら〟の四文字を抜き取った文字カードを並べた。
【ひ・ひ・ら・ち・る・き・の・は・お・に・さ・ま・も・つ・く・み】
「いしの言うとおり、ウサギを月だとするとぉ……あるある、ほら〝つ・き〟の二文字が!」
「スゴイですけん、スゴイでけん、ご主人様!」
「けど…まだまだ残っている文字が多すぎる…」
「わたくしたちがウサギと月を重ねるとき、今夜のように十五夜とか満月を連想しませんか?」
「おっ、そうだねっ!…う~ん………それに該当する文字は無いなぁ…」しょぼくれていた錫だったが、ふっと顔を上げると、ぼそぼそと歌を口ずさみ始めた。
「…う……さぎ…うさぎ……なに見てはぁねぇるぅ~……十五夜…お月さま……見て…はぁ~~ね~る…」錫は視線を文字カードに戻し、目的の文字を一文字ずつ抜き取った。「あったよ~いし、ほら見てよぉ、あったよぉ!…〝おつきさま〟」
「本当ですけん!スゴイですけんスゴイですけん!」
「…文字の残りもこれくらいになってくると、なんとなく嬉しいね」残りは【ひ・ひ・ら・ち・る・の・は・に・も・く・み】の十一文字だ。
「さぁ~て、そこでだよ……錫ちゃんは考えた──〝は〟〝に〟〝も〟〝の〟は言葉と言葉をくっつける役目もするのだ。だから一旦抜き取ってみてはどうか…と」
「それはスゴイですけん!やっぱりご主人様はスゴイですけん!」
「いしったら、さっきから〝スゴイですけん〟ばっかりねぇ……ふふふっ」とりあえず錫は〝は〟〝に〟〝も〟〝の〟の四文字を抜き取った。残った〝ひ・ひ・ら・ち・る・く・み〟をどう組み替えるかが問題だ。もちろん抜き取った文字も視野に入れておかねばならない。
「ご主人様……出しゃばってよろしいですか?」黙って見ていたいしは遠慮しながら錫の耳元で囁いた。
「もちろんよ~、言ってごらんなさい。なんか閃いたの?」
「堕羅の大門の絵の御扉ですが…開いてましたよね?残りの文字に〝ひ・ら・く〟の三文字がありますけん」
「お~!いしぃ~、やるじゃない!」
錫はいしの鼻先にキスしてやった。言うまでもなく、いしはお腹を出してゴロゴロと転げ回った。
残る文字はとうとう【ひ・ち・る・み】の四文字となった。
「〝み・と・び・ら〟に〝お・つ・き・さ・ま〟そして〝ひ・ら・く〟──たとえばさっき抜き取った〝は〟をくっつけると〝み・と・び・ら・は・ひ・ら・く〟となるわ…。これなら文としてはおかしくない!そして〝お・つ・き・さ・ま〟をどこに持ってくるかだけど…その前に残りの四文字を考えた方がいいかな…?」
「この四文字から引き出せる単語ってどんなのがありますかね…?」
「……ある……解った、解ったわよ!満月や十五夜と同じ意味…つまり〝満ちる〟よ!」
「本当ですけん!スゴイでけん、ご主人様!〝み・ち・る・お・つ・き・さ・ま〟ですね。それならばまったくおかしくない!そうすると残る文字は〝ひ・の・に・も〟になりますです」
「こんなのはどう、〝ひ〟を〝日〟にして──〝御扉は開く、お月さまの満ちる日に〟……でもこれじゃ〝も〟が残るか…」
「ではどれはどうです……〝御扉の開く日にはお月さまも満ちる〟」
「スッゴ~い!いし、ピッタリ収まった!…でもね…これだと御扉によってお月さまが左右されることになるじゃない?……逆じゃないかな……つまり〝お月さまの満ちる日には御扉も開く〟──こんな具合に」錫は人差し指をピンと立てて、いしに軽くウインクした。
「やっぱりご主人様は錫雅様の生まれ変わりですけん。こんなに短時間で解いてしまうとは…」
「ううん、私一人じゃ解けてないよ…。信枝がお月見に誘ってくれたから。それといしの知恵のおかげだよ。やっぱり私はみんなに支えられてる」それは錫の本心だった。自分一人の力はゴマ粒ほどでも、みんなの支えで無限の力を得られる──そう感じていた。もちろんそう感じたのは一度や二度ではない。今まで事あるごとにそれを痛感し、その度に人一人の存在を尊く思うようになっていた。
〝弐〟の木札の文字の入れ替えを完成させた錫は、いしの力を借りて魂を離脱させた。
「ありがとう…いし。一人で抜け出すのは信枝みたいに上手じゃないから手伝ってもらうと助かるわ………あ~体が軽い…」
「さぁ、御扉まで参りましょう、ご主人様」
錫は部屋の戸を開けずに〝すぅー〟っと通り抜けると、さも幽霊らしい動きで御扉のある広間まで移動した。