第14章──第一の剣Ⅳ
Ⅷ
錫は泉の縁に立ったまま、その一点だけを見つめて微動だにしなかった。
「スン、その泉に架かった虹こそ、堕羅の大門の玉の中に浮かび上がっていた虹のはず」
「うん…真ん中に金色のラインを纏った虹…。剣はこの近くに必ずあるに違いないわ!」
「本当ですか?本当に剣があるのですか?」
「本当だよ、いし。そうに違いない…」
「早く見つけてほしいです…」
「…………。ねぇスン、問題はここからだけど、剣を見つけるには、なんとしても壱の木札の短文の謎を解く必要があるわ」
「うん。これだね」錫はひらがなにした短文を一文字ずつばらしたカードを取り出して目の前に並べてみた。
【地獄からムカデの鬼が来る────じ・ご・く・か・ら・む・か・で・の・お・に・が・く・る】
「まずここから抜き出したい文字は〝虹〟だよね。そうするとぉ……見てぇ~浩子…ほら、〝に〟と〝じ〟のひらがなが……あるよあるよぉ、ほらほら」
「やったわね。あとは残りの十二文字のひらがなをどう並べるかだけど…。ここは魅園……でも残念ながら〝み・そ・の〟のひらがなは無さそうね。だったら短文に出てくる〝地獄〟の反対語──〝極楽〟はどう?」智信枝栄に言われて、錫は〝ご・く・ら・く〟の四文字のカードを探して一字一字抜き取った。
「ある、あるある!浩子、あるよ…すっご~い!」
「じゃ、これも正解だとして、残るひらがなは八文字ね…」
「そうだね…でもさぁ、ここまでくるとスゴく文字の入れ替えが楽だと思わない?【か・む・か・で・の・お・が・る】──か………。ここから単語を作ってみると、香る(か・お・る)とか斧とかだけど…そうすると、残ったひらがながバラバラで使い用がなさそう…。たかが八文字、されど八文字ね…ダメだなこりゃ…」
「虹という名詞に繋がる言葉はどうかしら?──たとえば〝虹を渡る〟とか…」
「なるほど!だったら、虹の彼方!なんてどう?…でもそれだと八文字の中にあるのは〝か〟だけだなぁ…。虹のぉ~…色……一字もない。虹が現れる……むにゅ~…。虹が架かる……………ある!浩子、あるよあるよ!」
「やったわね!スンやるじゃない!仮にこれを正解だとして…【む・で・の・お】…この四文字が残ったわ。…でも、これって単語にはなりそうにないひらがなだなぁ…」
「ねぇ、スン……〝虹が架かる〟を〝虹の架かる〟にしたらどうかしら?」
「おっ!それも頂きね。それだと、【む・で・お・が】…が残ったわ。これだと……う~ん…」錫は残った四枚の文字カードをあれこれ入れ替えてみた。
「それらしい言葉になるのは〝拝む〟…かなぁ。それだと〝で〟が残るから、どこかで使ってやらないとね…」
「〝が〟をどこかで使おうとすると、自ずとこうなるわ」智信枝栄は文字カードを自分の思う順番に入れ替えた。
【虹の架かる極楽で拝む】──これが錫たちの辿り着いた新しい短文だった。
「うん、これなら文もおかしくないし、内容だって違和感なく受け入れられる!」
「だけどこれが正解かどうかをハッキリさせる必要があるわ。スン、このとおりのことをやってみて」
「ほいほい、お任せあれ!」くだけた敬礼をすると、錫は虹の現れる場所に立った。そこからヒザを着いてきちんと正座をすると、頭を垂れてひれ伏してみた────何も変化はない。仕方なく今度は、その状態からヒョイと頭を軽くもたげてみた。
「………………あっ!あれはっ…。浩子、あそこに……………ひかりが…」泉を挟んだ向こう側の鬱蒼とした雑木林の中に、たった一本だけ光り輝いている木があった。
「唯一虹の現れるこの場所に立ち、さらに視線をうんと下げないと光らないあの木…。どう考えたって怪しいってやつよ」錫は泉の縁に沿って光る木の場所へと移動した。
「この木だよ……向こうから見ると、確かにこの木が光ってた」
「では、いよいよ剣が見つかるんですか?」
「えぇ、いしもずいぶん心配してくれたけど、間違いないはずよ…」そういうと錫は、例のごとく両方の手のひらに霊気を溜め始めた。「よし、これくらいで充分かな。上手くいったらお慰みっと…」大きな塊になった霊気を光っていた木にぶつけた。するとそこに直径三十㌢ほどの穴がぽっかり空いたのだった。
「やったぁ~、錫ちゃん天才!」
「やるわねスン。穴の中は見えないけど空洞みたいね。……で剣は?」
「あっ、そうだった…調子に乗りすぎて目的を忘れていた…」お茶目に舌を〝ペロッ〟と出した錫だったが、錫雅尊の姿では、お世辞にも愛らしいとは言えない。「どうぞ、剣がありますように…」錫は恐る恐る穴の中へと左手を差し込んでみた。
「スン……どうなの?」
「私も気になります…。どうなのでしょうか?」
智信枝栄といしの問いかけに、錫は表情一つ変えることなく真顔を向けたが、ややあって口元に笑顔を作ると、ゆっくりと左手を穴の中から抜き取った。
果たして──錫に手を引かれて恥ずかしそうに姿を現したのは、長さ五尺はあろうかという剣だった。けれどもその刃は錆びつき、ただ静かに眠り続ける老剣のようだった。
「ほ、本当に見つけちゃった………想像していたより古めかしい剣だったけど…」
「…スゴいわ。やっぱり錫雅様はスゴいお方!」
「錫ちゃんのことを褒めてよ──錫ちゃんのことを…」クスクスと笑いあう二人に、いしが割って入った。
「すみませんが、私にも見せてもらえますか?」
「うん、もちろんだよ。──はい、どうぞ…」錫はいしの目の前に剣を差し出して見せてやった。
途端────剣を口にくわえて引ったくったいしは、錫と距離を開けて向かい合ったのだった。
「ど、どうしたの…いし……?」今まで一度も見せたことのないいしの行動に、さすがの錫も驚いた。
「おめでたい奴だ。自分からわざわざ剣を差し出すとは」
「な、なに言ってるのいし…。どうしちゃったのよ……?」
「忠実な狛犬に限ってこんな裏切りはないと思っているのか?甘っちょろい奴だ、くっくっく…」
錫には目の前で起こっていることがまったく理解できなかった。