第14章──第一の剣Ⅰ
第一の剣
Ⅰ
錫は格闘していた。相手は邪悪な憑き物────────ではない。文字カードと首っ引きで格闘していたのだ。
「…箸にも棒にも掛からないよぉ~…。根本的に解き方が間違っているのかな…?いしはどう思う?」
「自分にはよく分かりません。でもなんとか剣を見つけ出してほしいです」
「自分のことを自分だなんて、そんな言い方したことなかったのに…変ないし…クスッ」そう言って錫はいしの鼻先を突っついた。ちょうどその時、いきなり頭の上から声がした。
「解き方は間違ってないと思うわよ」驚いた錫がキョロキョロしているうちに、〝すぅーっ〟と目の前の現れたのは、浩子の身体を抜け出した智信枝栄だった。
「浩子…身体を抜け出してどうしたの?」。「うん…だいぶ悩んだんだけど、行ってみたのよ…」
「ん!?…行ったみたって…どこへ?」。「以前スンに話した〝魅園〟という楽園に…」
「あぁ~、あれね。居つかないでちゃんと戻ってこれたんだ?」。「えぇ、おかげさまでね。スンに早く報告したくて一目散に戻ってきたわ」
「なになに?そんなにイイこと?」。「そりゃもう…大変な発見よ!すぐ行きましょう!」
「い、行くってどこに?」。「もう、まだるっこしいわね…行けば分かるって!」
錫は強引にベッドに寝かされると、智信枝栄に魂を引っこ抜かれた。
「あ~…肉体がないと軽い軽い。…にしても今日の浩子はかなり積極的ね…。男の人にもそれくらいならいいのに…」
「大きなお世話よ…。じゃ、魅園への案内役を呼ぶわね」智信枝栄は右手の人差し指を高く上げて大きく円を描いた。すると、それに導かれるように、何かがゆっくりと優雅に舞い降りてきた。大きな翼を広げ、しなやかに羽ばたきながら弧を描いて飛んでいるその生き物は、近寄るものすべてを焼き尽くしてしまいそうな真紅の炎を身に纏っていた。
「火…火の鳥…」。「そうよ、この子が魅園への案内役…さぁ、乗りましょう!」
「の、乗りましょうって──燃えてるよ…」。「くふふっ…この子の炎で焼け死ぬことはないわ。ほら乗って!」
言われるまま錫は恐る恐る火の鳥の背に乗ってみた。智信枝栄の言うとおり、燃えるどころか熱くもない。
「もしも永遠の命を手にするためにこの子を襲ったりしたら、その時は本当に焼け死ぬから気をつけてね…」
「わ…分かった……。不老不死は求めないようにします…」
魅園に着くまでの間、錫が何度尋ねても智信枝栄は魅園に行く理由を教えてはくれなかった。ただただ〝行けば分かる〟の一点張りだった。
火の鳥が徐々に速度を落とすと、緩やかに下降して羽を閉じた。どうやら魅園の入り口に到着したようだ。そこは白の国同様、辺りは真っ白い空間だった。
「魅園に入るにはある程度の霊気が必要なの。低級な魂は入ることができないのよ」智信枝栄は錫に説明しながら手に霊気を集め始めた。やがて両手に抱えるほど霊気が溜まると、それを軽く目の前に放り投げた。するとどうだろう──目の前の空間が割れ、向こう側に通じる入り口が現れたのだ。
「うわっ、またしてもこんなのがっ!」驚く錫をよそに、智信枝栄は錫の手を取って割れ目の中へと入っていった。
入り口を一歩入ると、なんとも理想の楽園が目の前に広がった。
「どわぁ~…!なんじゃこりゃ……ステキすぎるぅ~~~!」澄んだ空気に包まれて、色鮮やかな花畑がどこまでも広がる美しい光景だ。見た目だけではない。咲き誇る花たちは楽しそうに歌い、優しい香りを漂わせる。それに誘われて、蝶が楽しげに遊びまわり蜜をもらう。誰もが想像する天国以上の楽園だ。
「すごいでしょう!これだけ霊体の心を揺さぶる場所は他にないわよ」
「うんスゴすぎる!…で、浩子は私にこれを見せたかったの?」これはこれで満足だったが、錫には智信枝栄がこの風景を見せるために、大騒ぎしていたとは思えなかった。
「…スン、少し歩きましょう」智信枝栄は錫の問いには答えず、自分の思う方向へと錫を誘った。
どのくらい歩いただろうか──見えてきたのは水面が銀色に輝く小さな泉だった。その泉を挟んだ向こう側は、こちら側とは違い木々が茂って鬱蒼としていた。
智信枝栄は泉の近くで止まると錫に言った。「スン、このまま泉の畔をゆっくり歩いてみて…」言われるまま錫は泉の縁を一歩、また一歩と踏みしめるように足を進めた。理由も分からぬまま歩いていた錫だったが、ある一点に立ったとき突然その歩みがピタリと止まった。
「浩子……………これは!?」錫は大きな目を凝らして泉の向こうを見つめた。
「そうなの…。それをスンに見せたくて、ここへ連れてきたの」
「これだったんだね…」それは錫の目の前にいきなり現れた。
「そう…そこに立った時だけ現れるの。スンが今立っているその場所にだけ…」
──「剣は………この近くにある!」錫はそう確信した。