第13章──知恵絞りⅠ
智恵絞り
Ⅰ
錫と浩子は【ほー七・ろー゛三・いー二・にー一・はー九】の暗号が、【も・じ・か・え・る】であることを解いた。さらに手紙と小さな木札に共通して書かれていた〝記〟の文字に目を付け、〝燃える鍛冶〟のひらがなを並び替えることで、〝文字替える〟と、別の意味になるアナグラムだというところまで行き着いた。
今のところ仮説に過ぎないが、大きな木札の短文を並び替えて別の意味にすることで、隠された剣を見つけ出すことができるはずだと二人は考えていた。
壱 地獄からムカデの鬼が来る
「まずこの〝壱〟の木札に書かれた短文から考えてみましょう」
浩子が木札をテーブルの上に置くと、二人は無言で短文を睨み続けた──。
「……………………………」。「……………………………」
「ふぅ~…」。「ふぅ~…」
「……………………………」。「……………………………」
「ダメですか?ご主人殿も浩子様も答えは出ませんか?なんとか剣の在処を見つけ出せませんか?」しびれを切らしていしが問いかけた。
「ダメだわ……取っ掛かりがまったく分からないもの…これじゃちんぷんかんぷん…。スンは?」
「そうねぇ…………ってこんなもの解るわけないじゃない!まったく頭にきちゃうわ錫雅の奴!何様のつもり…こんな穴もぐらなんか作って…一度こらしめてやりたい気分だわよ…プンスカプンプン」
「気持ちは分かるけど、それだけは永遠に無理ね…。どうしてもこらしめたいなら、自分の頭にゲンコツでも落としたらどうかしら…ふふふっ」浩子は、眉を寄せてしかめっ面をしている錫のポネポネしたほっぺたを、人差し指でツンツンと突っついてからかった。
「………。文字の並び替えが正しいとして、一番文字数の少ないのは〝壱〟の短文────なのにそれさえ早くも行き詰まっているんだよ…。もう少し私の頭脳コンピューターの性能を良くしないと、このままじゃ煙が出そう…」錫はさらさらの髪の毛を両手で掻き乱しながら寝転がった──。
Ⅱ
一松穣二刑事との待ち合わせ場所はいつも決まっていた。これが愛する彼との待ち合わせだったら、どんなにステキだろうと錫は頭の中で想像していた。
〝いつもの時間に、いつもの場所で待ってるよ……錫…〟
〝うん……〇〇くんも遅れちゃイヤよん…?〟
〝もし僕が遅れたら……お詫びに錫のその綺麗な目にキスしてあげよう〟
〝キャッ、…じゃ、遅れて来てもいいよ……なんてやだもう…恥ずかしいでしょ……ふふふっ…〟
「…お待たせ………………どうしたのかな…?一人でニヤニヤして気持ち悪いですよ」
「な、なっ…なんでもありません…。すみませんねぇ…気持ち悪くて…」錫はたちまち現実に引き戻された。
あれから浩子と一緒にさんざん智恵を絞って文字の並び替えに取り組んだ。一文字ずつの文字カードまで作ってあれこれと組み合わせてみたが、無駄に時間が過ぎるばかりだった。すっかり疲れきった錫が浩子の家を失礼する時、〝私も諦めないで考えてみるからスンも落ち込んじゃだめよ…〟と、いつもの優しい表情で声をかけてくれた。
それから三日が過ぎていたが、浩子からの連絡はない。そうこうしているうちに一松から連絡が入り、今に至っているというわけだ。
二人は期間限定スイーツ〝今が旬!和栗旬──ロマンあふれるマロやかマロンのマロンパフェ〟を注文してから本題に入った。
「松本弘志の身辺を探っていたら、一人怪しい男が浮上してきたんだ。それで今日は香神さんに写真を見てもらうと思って呼び出したってわけだ」一松は茶封筒から四枚の写真を出した。
「結構早かったんですね?…もっと時間がかかるのかと思ってたわ」。「腐っても刑事だ」
「えっ!?刑事さん腐ってるの?」。「そ、そういう意味じゃないよ………やりにくいなぁ…」
「くふっ…とりあえずこの写真は預かります。悪用しないから心配しないで」
「悪用のしようがないだろ…。その写真の男は広井善男。前科もないけど職もない奴だ…」隠し撮りした広井の顔写真は、望遠レンズで大きくはっきり写っていた。錫は写真に何度も目をとおした。
「さて…もういいだろう?今日こそ教えてくれよ。盲目の大鳥舞子には何か秘密があるんだろう?気になって仕方ないんだ…」
「もう忘れたの…?それは聞かない約束だったでしょ!」
「だ、だけどぼちぼちいいだろう?ここまでやったんだし…」
「そんなこと言うなら帰るわよ。…マロンパフェ食べたら…」そういうところが錫らしい。
「ちっ…分かったよ、仕方ない。それと、もう一つ気になるのは…今後の展開なんだ…」
「今後の展開?‥もちろん真犯人を挙げて、舞子さんの潔白を証明するのよ」
「ど、どうやって?────あぁ~…聞いちゃダメなんでしたね?…はいはい分かりました」一松は自分で自分に納得させて、運ばれてきた〝今が旬!和栗旬──ロマンあふれるマロやかマロンのマロンパフェ〟を思いっきり頬張った。




