第11章──捕縛Ⅱ
Ⅱ
鉄が大陸から日本に入ってきたのは、縄文時代から弥生時代の初期だとされている。やがて日本列島全域に鉄の生産技術が伝えられたのは弥生時代後期ということだ。現在の島根県雲南市吉田町は特に良質の砂鉄に恵まれた土地であり、さらに鉄づくりに欠かせなかった火の材料となる木炭──つまり木材も豊富だったため、鉄生産に適した土地として盛んに鉄づくりが行われた。砂鉄と木炭を使用したこの独特の製法を〝たたら吹き〟といい、一日がかりで炉を作って乾かした後、木炭を入れ、ふいごで火を熾して砂鉄を入れる。あとはその作業を何日も繰り返すのだ。最後はせっかく作った炉を壊して鉄を取り出すという、なんとも手間のかかる作業だ。しかしその時間と労力こそが良質の鉄を産み出し、延いては日本の文化や産業に貢献してきたのだ。
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「箕耶鎚、銅の職人は集まったのか?」矢馬女の前には豪勢な料理が並べられている。一人ではとても食べきれないご馳走だ。干した川魚を焼いた物に一口だけ箸をつけて矢馬女が尋ねた。
「矢馬女様…。職人を集めはしました。三本の大木を一括りにする金輪も作ってみました。ですが銅では難しい問題があるのです…」
「んぬぅ~…何が問題なのだ──次々と難癖ばかりを…」矢馬女は苛立ちを抑えきれず、手に持っていた酒器を投げつけた。飲みかけの酒が飛び散って甘い匂いが漂った。
「…矢馬女様、当初お伝えしましたように、御柱は三本の大木を一括りにして一本の柱とします。そうするには、ある程度の加工が必要です。三本の大木が合わさる箇所は、それぞれ互いが寄り添う形に削ります。外側の隙間には補助材を使って、出来上がりが円になるように工夫します。ですが、銅という素材は三本の大木を一括りにして耐えうるだけの強さがないのです…」
「まわりくどい…ならばどうする?もともとお前が言い出した事ではないか!?」
「はい…。そこで矢馬女様………鉄を使わせて下さい」
「鉄…?鉄とは異の国から運ばれてきたあれのことか?」
「さようでございます。幸いにも鉄の作り方を知っている者が身近におります。そして何よりこの神出づる国は、鉄の材料である砂鉄を多く含んだ場所が点在していることも調べました。さらに鉄作りに欠かせぬ木炭も豊富です。神出づるこの国は、この先必ずや出鉄国として栄えるでしょう。…是非とも鉄作りに踏み切らせて頂けませんか?」
「ふむ………よかろう…。それほど言うならやってみよ。ただし失敗すればどうなるか……分かっておるな?」
「心得ております…。命を懸けて成功してみせます!」矢馬女に許しを得た箕耶鎚は、早速鉄作りのための炉を作らせた。『たたら吹き』製法の走りだ。熱した炉に砂鉄を入れ、木炭を入れ、砂鉄を入れ、木炭を入れる作業を延々と繰り返し、やっと『鉧』と呼ばれる鉄の塊が姿を現す。たたら吹きで鉄が完成するまでの全行程を一代と呼び、約四日間を要した。
こうして不眠不休で作り上げた鉄の完成に箕耶鎚はじめ、多くの職人が手を取り合って喜んだ。
「皆疲れているだろうが辛抱してくれ──宴はもう少し先だ。出来上がったこの鉄で、三本の木材を繋ぎ止める〝金輪〟を作り上げるのだ!」
〝今度こそ心御柱は完成する〟────箕耶鎚は確信していた。