第11章──捕縛Ⅰ
捕縛
Ⅰ
蟻地獄の砂に呑まれ、薄暗い穴へと落とされてしまった錫だったが、それでも蟻地獄の化け物が、すり鉢の底から口を開けて待ち構えていないだけマシだと安堵した。深呼吸して気を落ち着かせた錫は、ぐるりと当たりを見渡し、一カ所だけ大きな横穴が空いているのを見つけた。
──「地下道…?」鬼が言っていた堕羅に通じる通路はこれに違いないと錫は察した。
──「だけど…途中化け物が行く手を遮っていると言っていたわねぇ…」進む勇気が錫にはない。とはいえ、いつまでもここに留まっているわけにもいかない。頭では分かっているのだが、足がすくんで動かない。
「いしぃ~…助けてよ…。信枝、浩子……スンはここだよぉ~…」叫んだところで誰も来てはくれない。気味の悪い穴の中が自分の墓になるなんてご免だ。錫は覚悟を決めて地下道を進むことにした。
──「どこまで続くんだろうか…?化け物が出てきたらどうしよう…?…あ~やっぱりダメ…私チビリそう…。そうだ、歌でも歌って元気をだそう!」
〈僕らはみんな生きている。生きているから恐いんだぁ。僕らはみんな生きている。生きているからビビるんだぁ〉
元気が出るような気がしなかった──。
それからどのくらい歩いただろうか…。地下道の先にぼんやりと青白い光が見えた。
「やったー、出口だ!」途端に足が軽くなって早足になった。
「バカめが。ここから先に進めると思ったのか?」頭の上から声がした。素早く上を向いた錫は、その姿を見て思わず後ずさりした。「ぐふふふっ…この蚣妖魎蛇様の姿を見て恐れをなしたな?」
「ち、違うわよ…。ゾッとしたのよ」
「ふん…なんとでも言え。お前をここへ誘い出したのは私だ。生かしておくと厄介なのでな…。気の毒だがこの寂しい地下道がお前の墓場となるのだ…」
「ざ、残念だけど、そう簡単にはやられないわよ…」
「むはは、そうかそうか。威勢はいいがブルブル震えているぞ」蚣妖魎蛇は錫を舐めるように見ながらニヤニヤと笑った。「弱い霊神に、せめて最後は情けをかけてやろうと思って素晴らしいモノを用意してやったぞ────〝出てこい〟!」蚣妖魎蛇がひと声かけると、地下道の奥から赤いウロコの巨人の化け物がヌッと姿を現した。
「あっ、ポッキーのおじさん!」
「…ふははは…そうだ、お前の仲間の赤鬼だ。しかも、こいつが手に握っているモノを見てみろ」
「うっっっ!し、晶晶…白露…」
「そうだ…お前からぶんどった短刀だ!お前は化け物と化したこの仲間の鬼に、自分の愛用していた短刀でやられるのだ──くふふっ…ぐがはははっ…」蚣妖魎蛇が保鬼に一声かけると、保鬼は血走った目で錫に襲いかかった。
「やめてぇポッキーのおじさん……私よ、錫だってば……思い出して!」錫は叫びながら身を躱したが、保鬼には通じなかった。
──「ダメだ…ここは狭すぎて逃げるにも限界があるわ…」錫は何かを渋っていたが、口元を一文字に結ぶと、腹を決めて右手に霊気を溜めた。その霊気は徐々に形を変化させ、やがて一本の短刀と化した。
「吾輩は霊気の短刀である…………名前はまだ無い…」錫はぼそりと呟いた。
「ふん…つまらん戯言を。だがやはり霊神は霊神…気味の悪い短刀を出しおって…。秘められたその霊力が災いになる前に取り除かねば…」蚣妖魎蛇は〝やってしまえっ!〟と保鬼を煽った。保鬼は前より激しく晶晶白露を振り回して襲ってきた。地下道の向こう側に回り込めば走って逃げられるが、保鬼はそれを阻んでいる。錫は後ろへ後ろへと下がるしかなかった。
「ごめんなさい……ポッキーのおじさん…」錫は躊躇いながらも素早く間合いを詰め、保鬼の懐に入り込むと霊気の短刀をその胸に一突きした──。
「ぐあぁぁぁぁっ…」保鬼は苦痛に顔を歪め、大きな図体をくねらせた──だが、それだけだった。暫くすると何事も無かったように血走った目を錫に向けて威嚇してきた。
「ふはははっ!その玩具は見かけ倒しのようだなぁ…くっくっくっ」蚣妖魎蛇は錫を挟んで保鬼と向かいあった。
「これでもう後ろにも下がれまい……さぁ、どうする?」錫は〝キッ〟と蚣妖魎蛇を睨みつけた──途端、錫の身体は保鬼の大きな手にさらわれた──一瞬のことだった。「ふんっ…なんとも手応えのない霊神様だ。捕まえたとて、すぐにどうこうはせん…じっくりと恐がらせて奴のエサにしてやろう。お前ほどの霊力を与えてやれば、奴の力は相当強まるだろう…ぐふふっ」保鬼に鷲掴みにされたまま、錫は地下道を抜け、堕羅の奥深くへと連れて行かれたのだった。