第9章──渦Ⅱ
Ⅱ
ほー七 ろー゛三 いー二 にー一 はー九
「そんな訳で、迷子の迷子の子錫ちゃんになってしまったのですぅ~…ニャンニャンニャニャン…。どうしたらいい?浩子のおまわりさん…」
「考えてはみるけど…私に解けるかしら…。困ってしまってワンワンワワンになりそう…」二人は笑って盛り上がっている。
「…ご主人様、それは何なのですかぁ…?ねぇ、何なのですかぁ?…ひ、浩子殿…それは何かのおまじないですか?いしにも教えてくださいませぇ…」二人のやり取りが気になって仕方のないいしだ。
「ふふふっ…人間界にこんな子供の歌があるの。国民的な歌なのよ」浩子はいしに分かり易く説明してやった。
「冗談はさておき、聖水をかけたらこんな謎の暗号が浮かび上がるなんて…。確かに〝いろはにほ〟と並び替えるのが妥当ね。だけどその後が続かないわ…」
いー二 ろー゛三 はー九 にー一 ほー七
「でしょ?…私もあれこれ考えてみたけど、結局迷子の迷子の子錫ちゃんなのよ…」しつこい錫だ。
「…ねぇスン、今まで手にした物をすべてここに出してもらえる?」
「えっ!?全部?…大きな札三枚と…霊力で浮き出る手紙が二通…これでいい?」
「堕羅の大門の玉は?…まだ持ってる?」
「う、うん…隠し場所が見つからないからまだここに…。玉は物体じゃないから幽霊の私が隠してる…」
「もう…その言い方やめてよね…ふふっ」浩子は笑って錫の肩を叩いた。錫は左の手のひらに霊気を溜めると、次々と堕羅の大門の玉を取り出し始めた。ちょうど錫の手のひらに収まる水晶玉のような透きとおった玉だ。
「用済みになったはずの木札が、こうして違う文字になって新たなヒントになるんだから、もしかしたらこの玉だって…」浩子の考えは正しかった。今まで気づかなかったあるものを見つけるのに、そんなに時間はかからなかった。
「スンちょっと見て…、この玉をおでこに当ててよ~く目を凝らして……こんなの前からあった?」浩子が差し出したのは三つの玉のうちの一つだった。錫は浩子の言うとおりにして玉の中を覗いてみた。
「…あっ、これは…………虹。今までこんなの気づかなかったわ…」試しに他の二つの玉も覗いてみたが何もなかった。「玉の中に虹が…。しかもこの虹、真ん中のラインが金色に輝いてるよ…。これって剣を見つけ出すヒント!?」
「ご主人様、堕羅の大門の玉を見つけ出す過程においても、虹を必要とするものなど一切なかったですけん…。つまりこれは新たな何かを示すものでは?」
「いしの言うとおりねスン。この虹と木札の暗号とは何か共通するものがありそう…」
「うん…………あぁっっっ!」
「ビ、ビックリするじゃないのスン……耳元で大声出さないでよ」
「ごめんなしゃ~い。だってちょっと閃いたんだもん!」
「本当ですかご主人様!?」
「うん!あのね〝虹〟を〝二時〟と考えたとして……暗号の最初は〝いー二〟でしょ?──ということは〝い〟は二時という時間を指してるんじゃないかな?」
「……となると〝ろ〟は三時、〝は〟は九時、〝に〟は一時、〝ほ〟は七時っていうこと…?」
「うん。今の時点では何を意味するか分からないけれど、考え方は悪くないと思わない?」
「ご主人様、そうだとして〝ろー゛三〟にだけ存在する濁点は何を意味するのでしょうかね…?まさか無意味なものではないでしょうし…」
「ん~……てんで解らない…」。「もう、スンってば…」
その後も錫、浩子、いしは長い時間かけて虹と木札の謎を解こうと必死で頭をひねった。けれども、結局この日はこれといった進展のないまま朝を迎え、浩子は眠い目を擦りながら自宅に帰って行った。
錫も徹夜はお肌によろしくないとぼやきながらシャワーを浴びて無理やり体をシャキッとさせると、待ち合わせの約束の時間まで、また木札とにらみ合っていたのだった。
Ⅲ
錫が約束していた相手とは一松穣二刑事だった。早急に会いたいから時間を作ってくれと電話をもらっていたのだ。徹夜が祟った冴えない頭のまま、約束の十分前に一松御用達の喫茶店に到着した錫だったが、すでに一松は窓側のテーブルを陣取って退屈そうに外を眺めていた。
「お待たせしました。私の方が早いと思ったのに…」
「なんだか居ても立ってもいられなくてね…かれこれ三十分経つよ…」一松の向かい側に錫が座ると店員がすぐに水を持ってきた。一松は錫に何も尋ねることなく勝手にチョコレートパフェを二つ注文した。
「早速だけど…香神さんに頼まれた車のナンバーを調べてみたよ」。「分かったの?」
「もちろんさ!今のところ狭い範囲で調べているから難しいことじゃない。それでだ……どの車の持ち主も若い女性だった…。いずれも人の屋敷に侵入して、鉢合わせしたこそ泥を刺し殺すような人間じゃない」
「誰かがその車を借りたとか?」
「もちろんそれも視野に入れてみた。念のために後輩に調べさせたけど車は誰にも貸していないそうだ──ただしそれが真実ならばだ…。裏を取ってないから嘘を言っている可能性はゼロじゃない。けど動揺した様子もなかったし、これ以上は時間の無駄だと判断して調べてない」
「エェ~…それじゃ…」
「まぁまぁ慌てないで…それは個人の車の話……まだ続きがあるんだよ。実は香神さんから聞いていた4桁のナンバーのうちの一つに〝わ〟ナンバーがあった」
「〝わ〟ナンバー?」
「そう、〝わ〟ナンバー──レンタカーさ。それで早速その日に車を借りていた人物を調べてみたんだ。そしたらこの男が浮かび上がってきた…」一松はジャケットの胸ポケットから写真を引っ張り出してテーブルに置いた。同時にチョコレートパフェも運ばれてきた。錫は写真とチョコレートパフェを交互に見て忙しそうだ。
「ん~~…取りあえずこっちをいただきま~す!」当然だが錫はまずパフェを選んだ。柄の長いスプーンを左手に持つと、満面の笑みで濃厚なチョコパをほおばった。甘党の一松も錫に釣られて大きな口を開けた。
「これは隠し撮りした写真を引き伸ばしたのもだ。バッチリ撮れてるだろう?この男の名前は松本弘志──前科もないけど仕事もしていない」
「ふぅ~ん…」錫はジッと写真を睨んだ。
「さぁ香神さん、車のナンバーを調べさせた理由を教えてくれ。この男が雪島繁殺しの犯人なのか?」
「…刑事さん約束したはずよ、何も聞かないって…」
「それは調べる前の話だろう?…ここまで調べたんだ──タネあかしをしてくれてもいいだろう?」
「ダメ!それを聞くなら私はここで降りるわ…」錫は怒って素早く立ち上がると、一松に背を向けてさっさと帰りかけた。
「ちょ、ちょっと待って!参ったなぁ……分かったよ…僕が悪かった…」一松は否応なしに承知するしかなかった。錫は足を止め、一松に背を向けたまま悪戯っぽくニンマリと笑った。
「それでは今からしてもらいたいことを伝えます。刑事さんも舞子さんから聞いていると思うけど、現場にはもう一人居たはずなの。犯人の一人がこの松本弘志だっとして、共犯者を見つけ出してほしいの」
「共犯者がいるのか…?──まぁ、松本の交友関係は当たってみるけど…もし怪しい人間が複数人浮上したとして、現場で一緒だった奴をどうやって特定するんだ?」
「そこまでは刑事さんに望めないわ。差し当たり怪しそうな人物の写真をこんな風に撮って見せてくれる?」
「写真を見たら、君はそいつが犯人かどうか分かるのか?」
「さぁ……どうでしょっかねぇ~」錫は話をはぐらかした。
「…まさか大鳥舞子は犯人の顔を見ていないだろうし……いったいどういうカラクリなんだ?」
「余計な詮索をしないの!」錫はパシッと言い放った。
「はいはい。いつの間にか主導権がそっちに移ってるなぁ…」一松はしょぼくれた顔で呟いた。