第8章──四天王Ⅲ
Ⅲ
なぜだか部屋の電気が妙にまぶしく感じた錫は、二つとも点けていた円形の蛍光灯を一つ消すと、どこかに居るであろういしに声をかけた。
「ねぇいし……浩子の家での会話、全部聞いていたんでしょ?」
「はい。聞いておりましたですけん…」錫は笑みを浮かべ、ベッドの壁にもたれて面白そうに話し始めた。
「最後のさぁ…乾丸婦人の暴露話には驚いたよね!──まぁ、つまりは取り憑いていた自称神様の暴露話なんだけど…」
「あ~っ…あれですか!わたくしも驚きましたです。まさか天甦霊主様が何度も乾丸婦人に憑依していたとは…」
「憑依した理由もスゴかったわよね…。乾丸婦人は霊力もあるし、本名が白水紗華なのが気に入ったって…」
「白水紗華…白と水…この二つの漢字を合わせると〝泉〟そして紗華は〝坂〟…。さらに今の乾丸婦人の名前は〝静紅〟つまり〝雫〟…。すなわち〝泉坂乃雫姫〟…まったく驚きですけん!」
「だよねぇ~…これじゃぁ憑依したくもなるよね!そんでもってあの時の〝メモ書き〟が実は私の指示だったって聞かされた時は、錫雅に腹が立ったわよ」
「いくら乾丸婦人に予知能力があるからといっても、あのメモの答えはご主人様しか知り得ないことですから、今になってよく考えてみたらオカシな話ですけん」
メモ書きとは、以前乾丸婦人が錫に走り書きして手渡したメモのことだ。
〝そこは誰もが嫌う異国
一匹ではない・一頭でもない・二羽はいるけど羽はない
花咲き漂う香りをかぎ分け、ただひたすらに進みなさい〟
「メモの文言は、ご主人様が生まれ変わる前に天甦霊主様に託されていたものだったのですね」
「うん。確かにあんたの言うとおり、今考えたらオカシイわよね…。乾丸婦人が〝私には未知の世界を垣間見る力があるぅ~〟なんて言うからコロッとダマされたけど、堕羅の門番しか知らない玉の隠し場所を予言するなんて…いくらなんでもねぇ~…。本当のところ乾丸婦人は自称神様に憑依されていただけ。しかも自称神様もメモの文言を事前に聞いていただけだった──この私から…つまり錫雅から」
「ご主人様は、〝実のならない樹になる木の実〟を育てるために新天地をお創りになった。そして、もし生まれ変わった自分がその場所を必要とした時に困らぬよう…天甦霊主様に託していた…つまりは保険として」
「それよそれ…保険だったのよ。だけど本当に腹が立っちゃうわ!……錫雅ってどうしてこうも私を悩ませることばっかりするのかしら…」
「でもそれはご主人様自身ですけん…」いしは錫の言っていることが可笑しくてならなかった。
「錫雅は高徳で賢い…。生まれ変わっても、この程度の謎解きなら簡単に解けると思っていたのかもね…。ところがドッコイ生まれ変わった錫ちゃんはおまぬけだった…。問題を作るなら、桂賀くんと観た幼児番組くらい簡単にしてほしかったわ…」そう言って錫は机の引き出しから例の木札を取り出した。「ねぇ、いし…錫雅はいったいどんな答えを用意しているんだろうね…?」
「ご主人様は本当に賢い方でした。堕羅の大門の玉の隠し場所を記した木札…そしてさっきのメモ書きの話のように、すべてが巧妙に絡み合って目的の代物を探せるようにしておられます。しかしご主人様は賢いだけではなく、とてもユニークな一面もありました。わたくしなど、ご主人様にからかわれたり冗談を言って笑わせてくださることがしょっちゅうありました。いつも明るく笑いが絶えないお方でしたですけん。それは今のご主人様も同様ですが…」
「…どうせあんたの言いたいことは分かってるわよ…〝今のご主人様は天然で笑いが絶えないところだけ同じ〟って言いたいんでしょ~?」
「わ、わたくしは何も…そのようなことは…。もう、ご主人様…いしをからかわんでください…」錫はたじたじになっているいしが愛らしかった。「つまりわたくしが思うに、ご主人様は普通ではない方法で、剣の隠し場所を示す何かを用意してはずですけん」
「…ちょいといし殿、堕羅の大門の玉の在処を示す木札だって普通じゃなかったと思いますが…?」
「そう言われたら身も蓋もありませんが、ご主人様はきっとユニークな方法で剣の在処を示すヒントを隠しておいでだと思うのですけん」
「ユニークな方法かぁ……木札に泉の聖水をかけて文字が変わるのだって相当ユニークだよねぇ…」
ほー七 ろー゛三 いー二 にー一 はー九
「新しく浮き出たこの文字はいったい何を意味するんだろう…?」
「規則性を考えれば…やはり〝いろはにほ〟ですけん」
いー二 ろー゛三 はー九 にー一 ほー七
「うん。それしかあり得ないわ…。問題は〝いろはにほ〟と書き換えたものが何を意味するかね…」
「ご主人様…ここは浩子殿のお力もお借りしてはどうですか?」
「そうだね…明日呼んじゃおう!見方が変われば新しい発見があるかも…。何より浩子は私よりうーんと頭がイイし──あっ、いし…あんたそれが言いたかったのね!?…もう許さん、コチョコチョの刑じゃ」
「ち、違います、誤解ですけん…ご主人さまぁ~…助けてくだされぇ~…ご勘弁くだされぇぇぇぇ~…」結局この日はこんな調子で、錫は何も得られなかった。「ぎゃははは……いけませんいけません…ご主人さまぁぁぁ~……ひぃぃぃ~っ!」