第7章──絡みごとⅣ
Ⅳ
一松穣二は早朝勤務に就くなり、昨日錫から頼まれたことを部下に任せ、自分はデスクの前で錫とのやり取りを思い返していた。
「連絡遅れてごめんなさい。何かと取り込んでいたもので…」
「本当にずいぶん待っていたよ。で、コーヒーでいいかな?」
「いいえ、今日はチョコレートパフェを!」もう不安や緊張が引き起こす食欲不振はない。錫は遠慮なく口いっぱいに甘くて濃厚なパフェをほおばるつもりでいた。
「それでどうだった?大鳥舞子から何か得られた?」
「う~ん…得られたというか、なんというか…。とにかく舞子さんは大らかで爽やかな人よ」
「そういうことじゃなくて、彼女が何か秘密を隠しているとか…?」
「特にそういったものはなさそうだったけど……ただ…」
「ただ…?」お決まりのように、このタイミングでパフェが二つ運ばれてきた。二人は話を中断して、取りあえず目の前のパフェをやっつけることにした。
「君も甘党だったのか?」一松は口いっぱいにパフェをほおばった。
「実はそうなの。この前は刑事さんからいきなり呼び出しをくらって、なんにも喉を通らなかっただけ…」錫のほおばり方は一松を上回る。
「…そりゃ悪かった。ここは僕がおごるからいっぱい食べて」その一言に錫の胸はトキめいた──単純だ。「で…そろそろ〝ただ…〟の続きを聞こうか?」
「あぁ…そのことね。刑事さん…黙って私の言うことを引き受けてくれる?」
「…そりゃ、内容によりけりだ。無茶なことなら引き受けられない」
「もちろん法に触れることなんてお願いしないわよ。ただ一つだけ協力してほしいの…。そして、その理由を今はまだ聞かないと約束して?」錫の頼みごとに一松は一瞬だけ考えた。
「よし分かった!もともとこっちが頼んだことだ。喜んで協力しよう」
「ありがとう!そうと決まったらもう一つお願いがあるの…」今度は合わせた両手をおでこに当てながら一松に頼み込んだ。
「なんだろう?そこまでされたら聞かないわけにいかないな…。この際なんでも聞くよ」錫はその一言を待ってましたとばかりに店員を呼んだ。
「季節限定・ぴちぴちピーチパフェを追加で一つ!」
──「…ったく…あの香神錫って子はよく食べる…。けど見ていて気持ちいい食べっぷりだったなぁ。──にしても彼女はどうしてこんなことを頼んできたんだろう…?雪島繁の殺害にどう関係するのか…。なんにせよそれほど難しい頼みじゃない…じきに割り出せる。そうしたら詳しく説明してもらえるだろう。まぁなんだ……果報は寝て待て…だ」
Ⅴ
矢馬女の屋敷の門前では、朝早くから箕耶鎚之工が矢馬女に目通りを願っていた──それも今日で三日目だった。
「矢馬女様…お願いでございます。どうか一度だけでもこの箕耶鎚の話をお聞き下さいませ」地面に頭を擦りつけて願い続ける箕耶鎚の額にはうっすらと血がにじみ出ている。その箕耶鎚の熱意に負けたのか──門が開くと矢馬女が姿を現した。
「門の前で騒ぎ立てられると五月蠅うてかなわん。まったくしつこい奴だ──何用だ?」
「お目通り下さり恐縮でございます。お伝えしたいことは他でもない私の娘…種女のことでございます…。娘のことが矢馬女様のお気に障りましたなら私がお詫びいたします。そしてどんな罰でもお受けいたします。ですからどうか種女をお許し下さいませ」
「ならぬ。あの女は神を冒涜し私を侮辱したのだ。本来ならば首を落とすか火あぶりにしてやるところだが、今まで目をかけてやった女であり、お前の娘ということもある。私の寛大な計らいで命だけは助けてやる──それだけでもありがたく思え」
──「この私を脅かす者には容赦はしない…簡単に殺してなどやるものか…。じわりじわりと追い込んでやる。種女よ…大事な家族が苦しむ姿を指をくわえて見ているがいい……そして、生涯惨めな生活を強いらせてやる──生きながら地獄を味わうがいい…。この矢馬女様を怒らせた当然の報いだ…くっくっくっ…」矢馬女は姿こそ人間であったが、その魂はすでに邪悪が支配がしていた。私利私欲、且つ横暴な振る舞いが、いつしか矢馬女自身の心をねじ曲げていたのだ。
「………矢馬女様、どうかお聞き下さい。この度のことは…」箕耶鎚は途中で言葉を飲み込んだ。種女にこの度の一計を持ちかけたのは箕耶鎚だ。真実を述べて自分が裁かれるなら喜んで告白する。けれどそれでは〝誰にも言うな〟と矢馬女から口止めされていた種女が約束を違えたことまでバレてしまう。そうなれば矢馬女はますます激怒するだろう。
──「どうする…?どうればいい…?どうすることが種女にとって一番良いのだ…」わずかしかない時間の中で考えを巡らせ──そして口を吐いて出た答えは突拍子もない内容だった。
「この度のことは…いいえ、今までのことはすべて私が仕組んだことです。種女には神からお告げを受ける力などございません…。真実は…真実はこうです────目の見えない種女を哀れに思った私が後ろで糸を引いておったのです。お告げは種女ではなく…実はこの箕耶鎚めにあったのでございます」箕耶鎚は自分にすべての責任が及ぶようにした。