第7章──絡みごとⅠ
絡みごと
Ⅰ
考えたことがあるだろうか──。
年々増え続ける人間の魂はいったいどこからやってくるのかを──。
輪廻転生があるとするならば、人口増加の矛盾をどう説明すればよいのだろう──。
人間界にて産声をあげる新たな生命は大きく二つに分けられる。
一つは生まれ変わりがそれだ。人間は死して天へ帰る。そして時がくればまた人間界へと生まれ来る。
生まれ変わる前の錫は錫雅尊という霊神であったが、人間界へと修行に出てきた魂だ。我々の誰もがそうであるように、生まれ変わる前の自分を知る者はいない。魂は白紙の状態で人間界へと送られる。稀に生まれ変わる前の記憶が残っている人間もあるようだが、それを信じるか否かは個人の自由だ。
☆
「どうしました?須勢理毘売に恵栄文女之命。揃って私を訪ねて来るなど珍しいですね?」
「はい天甦霊主様…。須勢理毘売様から錫雅様の…あっ、いえ…錫のことを聞いて気になってしまって…。厚かましいのは承知で、その後の進展を伺いたくて参った次第です」恵栄文女之命は遠慮がちに尋ねた。
「そのことでしたか…。やはり気になるのですね、あの子のことが…」
「もちろんです天甦霊主様。錫は錫雅様の生まれ変わりですから…」恵栄文女之命は声を強めて答えた。
「安心なさい。やはり錫雅尊は剣の場所を記していたようです。錫はそれを見つけるには見つけましたが…」
「見つけましたが?…。なんですか天甦霊主様、そこで言葉を切られると意味あり気で落ち着きません…」
「とっても意味ありですよ…。実は堕羅の大門の玉の隠し場所を記していた木札と、剣の在処を記したものは同じ木札だったようなのです」
「…?」「…?」天甦霊主は理解に苦しむ二人に詳しく説明してやった。
「そういうことですか。木札に聖水をかけたら文字が変わった…。錫雅様らしい発想だわ」須勢理毘売は感心した。
「けれども解ったのはそこまで…。自分で作り出した問題に頭を痛めています…ふふっ」
「天甦霊主様、自分で作ったといっても錫には白の国の記憶がまったく無いのですから、そのように笑っては気の毒です」
「まぁ、確かにそうですが……考えれば考えるほどおかしくて…ふふっ」須勢理毘売は天甦霊主に〝不謹慎です〟と言いたかったが、さすがに神様に面と向かっては言えず慎んだ。
「…今まで何度も人間界に修行に出ている錫雅様ですが、こんなに人間界で苦しんだのは初めてではないですか?」須勢理毘売が尋ねた。
「錫雅尊は誕生した時から並以上の霊力を秘めていました…。その時も“ちぃ~っと”ばかり苦労しましたね…遥か昔の話ですが…ふふっ」笑って話す天甦霊主に恵栄文女之命が問うた。
「天甦霊主様、魂とは不思議なものですね…。肉体と違って〝無〟にならない限り永遠に続くのですから…」
「そなたの言うとおり…魂とは素晴らしいものです」
「今まで深く考えたことがなかったですが、魂とはなんなのでしょうか?…須勢理毘売様はご存じ?」
「改めて聞かれると私もはっきりとは…。天甦霊主様、お教え頂けますか?」
「魂の話……いいでしょう…話して差し上げましょう。人間の魂は今急激に増加の一途を辿っています。お分かりでしょう?──世界中の人口はこうしている間にも増え続けているのです。魂は霊とか命とも言いますが、命を命とも言いますね。そうしてみると、〝魂〟〝霊〟〝命〟どの言い方にも〝たま〟という言葉が共通しています。魂とは本来〝たま〟なのです。つまり〝たまご〟です」
「なるほど〝たまご〟ですか…」
「そのたまごは器に宿ると、その器と共に育ちます。器とは肉体のことで、この二つが離れない限り生命を維持できます。ここまではよろしいですね?」
「はい、とてもよく分かります天甦霊主様」。「私もです」須勢理毘売と恵栄文女之命は共に大きく頷いた。
「さてここから核心に触れますが、これが〝たまご〟であるならば誰かが産み出さねばなりません…。私はこの白の国と人間界を司る〝神〟という存在ですが、残念ながら〝たまご〟を産むことはできないのです。さぁ、ここからはもう〝たまご〟という表現はやめましょう。あなた達もよく存じているでしょうが、広大無辺の天地自然だけが唯一産み出せる無形の宝玉──それが魂なのです。この場合の〝魂〟は新たな〝魂〟として人間の肉体に宿り、これから長く遠い道のりを歩んでいくのです。そしてもう一つ──同じ魂でも、生まれ変わって人間の肉体に宿る魂があります。このことについては説明はいらないでしょう──錫をはじめ、そなたたちがそうなのですから…。どちらも人間として〝生〟を受けるには違いありませんが、新生か輪廻転生か──そのどちらかなのです。そして魂を宿した肉体を維持させることができるのは、唯一天地が支配する人間界のみです」
「…思い返せば遠き昔────最も古い記憶が今でも鮮明に残っています…。私の最初の人間界の記憶が…」恵栄文女之命は目を閉じたままそう呟いた。
「魂は自分の意思に関係なく絶えず向上心を持っています。ゆえに人間界へと修行に出なければならないのです。失敗しても繰り返し繰り返し…。やがて高徳な魂となるその時まで…」天甦霊主は静かに語った。
「人間として生まれた魂は、そのような目的があることなど記憶から削除されていますから、成果を上げて帰って来るのは至難の業ですね…」
「そのとおりです須勢理毘売──あの錫雅尊とて人間となれば…ほれ、あのように悪戦苦闘し…そしてズッケコてばかり…ふふふっ…」
「智信枝栄お姉様も錫を見ていてハラハラでしょうね…。ところで天甦霊主様…先ほどのお話で少し妙に感じたことがあったのですが、お聞きしてもよろしいですか?」
「なんでありましょう?…恵栄文女之命よ」
「…はい、ではお言葉に甘えて…。たしか天甦霊主様は、先ほど生まれ変わりの話について〝錫をはじめ私たちがそうなのだ…〟と仰いましたね?私たちということは天甦霊主様も…ということですか?あなた様はもとから人間界と白の国を司る神という存在ではないのですか?」
「…〝口は禍のもと〟とはよく言ったものです…ついボロが出てしまいましたね…。遅かれ早かれ、いずれは錫雅尊や智信枝栄命にも話さねばならないと思っていたことです…。ついでですからあの二人のもとに参りましょう!」
「…天甦霊主様が直々に参られるのですか?」。「今までも時折そうしておったのです…」
「へっ…!?」。「まぁ、行けば分かります…さぁ参りましょう!」
どうやら天甦霊主にも何か秘密がありそうだった──。