第6章──仕打ちⅡ
Ⅲ
「この写真の人はね……天登虎ノ門さんと仰るの…。祖父の古い友人にして、唯一尊敬していたお方だそうよ。頑固な祖父もこの方だけには素直だった…」
「あ……あう…ととっ……」錫は意味不明な言葉を発している。
「私は姉と違ってずっと祖父と一緒に暮らしていたけど、結局私もこの方とお会いしたことはなかったわ…」葉子が残念そうに言った。
「あ、あ…天登虎ノ門…ですか…?」
「はい…まさか錫さんご存じ?」
「あ、あ、あの…さっき他人の空似って言ったけど……他人の空名っていうのは無いよね……?」
「他人のそらな…………?」
「………あぁ~!お姉ちゃん…錫さんが言ってるのは同姓同名のことじゃない?」
「あっ!…きゃははははっ…他人のそらな!?………きゃははは…お腹が…お腹が…よじれて…きゃはは…」どうやら錫の天然が舞子の笑いのツボに入ったらしい。
「くふふ…天登虎ノ門ていう名前は極めて珍しいから同姓同名いえいえ…うふっ…他人のそらなは考えにくいでしょ…くふっ…くふっ…ぎゃははは…」舞子は大口を開けて笑っている。
──「楽しい人だなぁ…舞子さんて…」
「お姉ちゃんが笑ってばかりいるから話が先に進まないじゃない」
「ごめんなさい…こんなに笑ったのは久しぶりよ…。錫さん悪く思わないでね…本当に一緒に居てて楽しいの!」
「悪く思うなんて…全然よ!友人にも〝あんたと居ると飽きないわ…〟とよく言われるから…」
「それで…そらながなんですって?……ぷっ…」
──「舞子さんて…笑い上戸」そう思いつつ錫は大きく息を吸い、気持ちを落ち着かせると、どこから話せばよいか考えながら口を開いた。
「実は私のおじいちゃんには香神虎の他にもう一つ名前があったの──それは聖霊師としての名前…。そう……聖霊師〈天登虎ノ門〉──それがおじいちゃんのもう一つの名前…」
葉子は目を大きく開け、舞子は大口を開けたまま笑いを止めて驚いた。
「同姓同名じゃなさそうよ………聖霊師という肩書きまで一緒なら…ねぇお姉ちゃん?」
「そ、そうね…。でもまさか錫さんが天登虎ノ門さんのお孫さんだなんて…」
「一番驚いたのは私。まさかこんなところでおじいちゃんの知り合いに会えるなんて…」
「だけど驚いているのは私たちだけじゃなさそうね…」
「えっ!?」
「ほら…錫さんの近くで誰かがずっと見守っているわよ。この霊気は今まで感じたことのない感覚だけど、その人も驚いてるわ…」錫はすぐにピンときた。同時に舞子がイタコとして人気者になる理由も理解できた。
「分かる?じゃ、隠れていても仕方ないね…。この霊気は人じゃないの……実は狛犬!」
「こ、こまいぬぅ~!?」葉子が大声で叫んだ──。舞子は驚いてはいたが冷静だった。
「私は今までたくさんの霊気を感じてきたけど、さすがに狛犬のは初めてよ…。というより本当に存在していたのね、狛犬さんて…」
「うん、〝いし〟っていうの。私の大切な仲間」
「錫さんって…いったい何者?」。「錫さんって…いったい何者?」双子の舞子と葉子は同時に叫んだ。
Ⅳ
今日が矢馬女の指定した七日目だった。
種女は矢馬女に目通りを願うと、矢馬女の寝室である神室で待たされた。待たされている時間が殊の外長く感じて落ち着かない。やがて現れた矢馬女は挨拶もなくいきなり核心に触れてきた。
「お告げはあったか?私に話してみよ」
「………ありました。お、お告げはありました…」暫く沈黙があった──その時矢馬女がどのような表情をしていたのか種女には分からなかったが、その場の空気が重く感じたのは確かだった。
「そうか…。で、どのようなお告げか話してみよ」
「はい。柱が倒れてしまうのは、その不安定さにあります。なので柱をもっと太くして安定させるのです…」
「ん?…ちょっと待て。…そなたのお告げは柱の安定のなさが原因だということか?ではモノノケが悪さをして柱を倒したのではないということだな?」
「はい……雲を突くほどの高さを誇る柱です。ですから今のままでは柱が細すぎます──もっと太くして安定させねばなりません」
「分かった…そなたは私のお告げを偽りと申すのだな?」
「そのようなことは言っておりません…私はただ…」
「黙れ!口答えを申すな…。神のお告げでは柱が倒れるのはモノノケの仕業なのだ。お前はそれを否定した。私を侮辱したと同じことだ」
「矢馬女様…私はそんなつもりは…」矢馬女はすっくと立ち上がると、金切り声をあげて叫んだ。
「誰か、誰か居らぬか!種女を縛り上げろ…この女を捕らえるのだ!」
種女はたちまち縄をかけられ、暗く冷たい異臭を放つ牢へと放り込まれた。