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魔石の売却と受付嬢

後半部分です。

 午後四時三十分、特に事故になることもなく予定通りに市役所に着き中に入ろうとしたところで、敷地内に前来た時には無かったテントのようなものが設置されているのを見つけた。目を凝らして見てみるとそこにはダンジョン課と書かれている。


「あれ?ダンジョン課外に移動したのか?」


 もしくはダンジョン課用に新しく建物が建てられる予定で、それまでの仮の区画としてあのテントが建てられたのか、かな。ダンジョン帰りの探索者は色々と汚れているだろうからその状態で役所内に入られると困るもんな。多分そういうことだろう。


「まあ、聞いてみれば分かることか。取り敢えず行ってみよう。」


 駐輪スペースに自転車を停めてテントへと向かった。


「すみません、魔石を売りたいんですけど。ここで出来ますか?」

「あ、ダンジョン帰りの方ですね。可能ですよ。只今担当の者を呼んで来ますね。」

「お願いします。」


 良かった。問題無く売れそうだ。今まで回収して来たうちの半分以上を売る予定だけど、はてさていくらになるかな?



 初めに対応してくれたお姉さんがテントの奥に入ってから少しして、なんとなく慌てている様子の別のお姉さんが入れ代わりで戻って来た。奥から僅かに顔を覗かせた先程のお姉さんに何か言われて動揺しているみたいだ。


「お待たせ致しました。」


 ん?この人は僕のライセンス発行をしてくれたお姉さんだ。ライセンスの発行手続きに加えて買い取りも任されてるのか。そのうえ土日まで駆り出されて、社会人って大変だな。


「いえ、大丈夫ですよ。それより少し慌てている様子でしたが何かあったんですか?」

「あ、えと、交代するときに少しからかわれてしまって。彼女とは昔からの付き合いでよくあることなので気になさらないで下さい。」

「そうですか。仲が良いんですね。」


 数年後の僕らもあんな風になれたらいいな。


「ふふっ、はい。あっ、とそれで買取でしたよね?」


 そうだった。買取してもらわないと。時間を取らせるのも悪いしさっさと出すか。


「そうですね。かなりの量があるんですが魔石は何処に置けばいいですか?」

「机の上には置けない量なんですか?」

「ええ、見た目にはそこまで無いように見えると思いますが、実のところ想像以上に持ってきているんです。」

「それでしたら複数回に分けて買取しますので、このトレーに種類毎に小分けで出して下さい。」

「分かりました。」


 お姉さんが出してくれたトレーに二階層で回収したゴブリンの魔石から順に載せていく。


 一つ目のトレーには千五百を超える魔石が積み上げられ、一個あたりのサイズはパチンコ玉より少し大きいくらいしかないにもかかわらずちょっとした山が出来た。


 二つ目のトレーには五百個程のトロールの魔石が積まれ、こちらは一つがゴルフボールくらいの大きさの為溢れかけていた。


 三つ目と四つ目のトレーには、一つ当たりが小さめの拳程あり全てがトレーには入りきらない為、それぞれ百個ずつオークの魔石が並べられた。


 そして五つ目のトレーには今日初めて討伐したミノタウロスの、僕の拳程ある魔石が五十個載せられた。


 それぞれある程度の量をサンプルとしてアイテムボックス内に残しておいたが一度に売却するには十分過ぎる量だろう。


「これで全部ですかね。自分で思っていたよりもありましたから、数えるのが大変じゃないでしょうか。」

「が、頑張ります。それにしても今何処から魔石を取り出したんですか?」


 あ、そうだよね。多分僕以外の人にはなにもないところから魔石が出て来たように見えてるんだもんね。


「僕の探索者としてのスキルの中に異空間収納、所謂アイテムボックスがあるんです。かなりの量が入るので荷物運びには便利なんですよ。現にこうして魔石を持ち運びしてきましたし。」

「そうなんですか。やっぱりダンジョンって色々と現実離れしているんですね。」

「はい、なので現実を忘れたい人にはおすすめですね。危険はありますけど。」

「はぁ、高校生も大変なんですね。」

「まあ、高校生がというよりも個人的な問題なんですけどね………」


 確かに皆テストや進路のことは考えたくないだろうし高校生ならではの悩みも抱えているんだと思う。


 けど僕の場合はふとした瞬間に胸の奥から漂って来る酷く冷たいものが、どれだけ楽しい瞬間のどれほど高まった熱ですら一瞬で奪い去ってしまうことが何よりも悩ましい。せっかく勝ち取った自由な筈なのに何処か不自由で物足りない。起きている時も寝ている時もその渇きは続いて叫びたいという気持ちは膨らんでいくのに、変に大人ぶろうとする自分がその邪魔をする。そうして発散されることなく溜まったそれは僕の人生を蝕み人生じゃなくする。


 きっともっと楽しいものになる筈なのに……


「そんなに深刻なんですか?私で良ければ相談にのりますよ。今日みたいに素材の買取しかしない日はあまり人も来ませんから。」


 しまった、顔に出てたか。僕もまだまだ子供だな。こんな暗い感情は(親友)にすら悟らせてはいけないというのに出会ったばかりの人を心配させてしまうなんて。


「いえ、大丈夫ですよ。きっとこれは自分が変わらないと解決しない問題ですから。それにこんなことで御迷惑をおかけする訳にはいきませんし。」

「そう、ですか。でも今後気が変わったら何時でも来てくださいね。直接解決する力はありませんが話し相手くらいにはなりますから。」


 お人好しな人なのかな。僕と会うのはまだ二回目なのに。


「ありがとうございます。その時はお世話になりますね。」

「はい。ではこれから魔石の買取に移ります。かなりの量があるので少々お時間を取らせてしまうかと思いますのでそちらの椅子でお待ち下さい。」

「すみません、次からはこまめに持ち込みます。」

「ふふっ、気にしないで下さい。これも仕事のうちですから。ですがそうしていただけるとこちらも助かります。」


 お姉さんは作業を始めつつそう言って微笑んだ。それから何かに気付いたようにふと手を止めてこちらに顔を向ける。


 どうしたんだろうか?


「それにしてもこれだけの魔石を回収するということはダンジョンに入って一週間という感じではないですよね。もしかして一般開放される以前から入ってますか?」


 完全に忘れてた。別に禁止されてた訳じゃないけどあまり知られない方がいい案件だったな。どうしよう。


「あ、個人情報はしっかり守りますから安心して下さい。私個人の疑問なので胸の内に留めておきますから。」

「そういうことなら。僕たちだけのヒミツですよ?」

「はい、勿論です。」


 先程の対応からみてもこの人はきっと口外しないだろうし話しても良さそうだな。


「では、まず僕が最初にダンジョンに入ったのはダンジョン発生の次の日で、それ以降放課後と土日はほぼ必ずダンジョンに入るようにしています。」

「えっ、そんなに早くからですか!?」


 まあ、驚くだろうな。我ながら行動が早過ぎる。


「はい。それで地道に探索を続けてレベルアップをしています。ここで一つ質問なんですが、今ここの地区を担当している調査班の方々はどのくらいのレベルかご存知ですか?」

「確か三十を超えた辺りだったと思います。ってもしかして……」

「はい、僕の方がレベルは上です。加えて実際にお会いしたことが無いので断言出来かねますが、調査班の方々と違ってソロで探索しているので恐らく技術も勝っていると思います。」


 攻め守り等全ての役割を一人で担って戦っているんだから協力プレイの人達よりは強くなってないと困る。


「ソロって、危なくないですか?もし何かしらの理由で動けなくなっても誰も助けられないですよね?」

「そうですね、僕の通っているダンジョンは国も把握していないですから他に人が来たとしても友人くらいです。まあ僕のメインの狩り場は友人たちではまだ踏み込めないんですけどね。」


 実質誰も助けに来ないことになるな。


「それじゃあいつも死と隣合わせで探索してるってことですよね。恐くないんですか?」

「恐さはありますけど、一応死なないように慎重に戦ってはいます。これからもっとダンジョンを楽しむ為にそう簡単に死ぬ訳にはいかないですから。」

「そうですか。でも、やっぱり一人は危険ですよ。予想外のことがあってもし亡くなるなんてことがあれば悲しむ人もいる筈です。」

「友人たちはそうでしょうね。彼らは普段から良くしてくれていますし仲が良いという自負もあります。」

「ご家ぞ……「彼らの為にももう少し考えて探索しないといけませんね。」


 危ない危ない。不自然じゃなかっただろうか、偶々話の初めが被っただけだと思ってくれてるといいけど。


 家族の話をすることになったらまた雰囲気が暗くなってしまうかもしれない。そうしたらお人好しなこの人を心配させてしまうだろう。流石にそれは申し訳無いからな。


「………そうして下さい。私も自分が担当した探索者さんが亡くなったなんて話を聞きたくはないですから。」

「そう、ですよね。……分かりました。お姉さんの為にもしっかり無事に帰って来ます。そしてまた沢山戦利品を持って来ますから、その時はまたお願いしますね。」

「ふふっ、沢山になる前に、まめに、ですからね?」

「あはは……気を付けます。」


 そうして色々と話したあとは、再び買取の作業が再開された。流石に一人で全てを熟すのは大変なようで、最初に対応してくれたお姉さんと二人がかりでの作業となった。それでも全く楽になった様子はなかったが。


 本当に申し訳無い。



 それから結局二十分程かかって買取の査定が完了した。それぞれエネルギー資源としての質と量で計算され、合計四十二万七千百円の値が付けられた。ちなみにそれぞれの価格は以下の通りの階層比例式だ。


・一階層 一グラム一円

・二階層 一グラム二円

・三階層 一グラム三円

・四階層 一グラム四円

・五階層 一グラム五円


 こう見ると安めにも感じられるが、今後魔石が一般的なエネルギー資源となって行くであろうことを考えるとタダで回収せず値を付けてくれるだけでも国としては随分と優しい方だ。まあそうしてより多くの情報入手経路を手に入れるという目的があるんだろう。でなければ余裕の無い国家予算をこれに割くはずがない。


 まあそれはさておき、二ヶ月間ただダンジョンで楽しく運動していた結果が月二十一万円とは大したものだな。僕としては本当に遊んでただけなのにな。


「結構な額になりましたね。」

「これでもエネルギー効率から考えると安い方なんですよ。色々と事情があってここまでの価格に抑えられているんです。」

「そうですよね。まあ、確かにいきなり発生したエネルギー資源の取り扱いは難しいですからね。買取に踏み切る事自体国としては異例のことですし、それだけダンジョンに入る人を増やしたいってことなんでしょう。」

「本来なら規制して死亡者がでないようにするのが国の役目な筈なんですけどね。」

「時には利益を考えなければならないのもまた国です。もしエネルギー資源を国内で全て賄えるようになればかなりのアドバンテージですからね。」


 日本はエネルギー資源を輸入に頼りがちだ。新たに日本周辺で発掘可能な領域は見つかったがそれでもエネルギー資源不足がすぐに解決出来る訳ではない。それなら誰でも簡単に手に入れることが出来る資源を実用化させた方が今後にとっては良い手だと判断したのだろう。実際たった二ヶ月で燃料として実用化してしまったんだからその判断は間違いではなかったということだ。この先企業が産業に参入し始めたらきっとあっという間にそれに合わせた製品が製造されて行くだろう。そうして日本は他国の手を借りない、自国の力のみでの発展を手に入れるのだ。


 ここで一つ疑問を抱く人もいるだろう。日本はそうだがそれ以外の国はどうなのかと。


 その答えは“少し遅れて世界各地にも点々とダンジョンが発生し始め、各国が日本同様に開発を始めた”だ。


 日本にダンジョンが発生してすぐに情報を集め始めた各国は、自国にダンジョンが発生すると即内部の探索を始め回収した素材の研究に取り掛かった。しかし人口や国土面積の広さに比べダンジョンの数が少なくサンプルも当然多くは取れていないため日本のようにスムーズには進められていないようだ。日本としても折角のアドバンテージをみすみす手放すようなことはせず、提供する情報に制限をかけてダンジョン産業のトップを保っている。


 ちなみに補足情報だが、世界に現れ始めたダンジョンは先進国、特に日本と交流の多い国ほど多く現れており、当然の如く日本にある数が最も多い。僕個人としては、ダンジョンはそこに住む人々の想像に惹き寄せられ発生しているのではないかと思っている。こういう現実離れした想像は日本人が一番得意だからね。


 っと色々と話しすぎたな。そろそろ会話に戻らないといけないからまた今度話そう、世界の外で僕を見ている誰か。


「高校生に国の利益の話をされるのは少し複雑ですね。なんというかもう少し夢のある年齢だと思っていたんですが。」

「最近の高校生は案外こういうものですよ、とは言い切れませんがこういう高校生はいますよ。受験のことも考えないといけませんし、子供らしく遊ぶことだけ考えていられる人は稀です。」


 とはいえ僕たちはまだ一年だから比較的遊びに重きを置いている人が多いけど。


「受験、ですか。もう行き先を決めていたりするんですか?」

「僕はまだですね。ですが東京、神奈川辺りの大学にしようとは思っています。今住んでいる家から通える方が楽ですし、通学に時間を取られたくもないですから。それに何より普段通っているダンジョンをまだ攻略しきっていません。」

「そうですか、では当分はこの街で活動するんですねっ。」


 心做しか嬉しそうだな。やっぱり新規の探索者より見知った顔の探索者相手の方が楽なのかな。


「お姉さんが嬉しそうで何よりです。これから長くお世話になると思いますのでよろしくお願いしますね。」

「は、はい!……顔に出てましたか?」

「そこはかとなく。」

「そ、そうですか。」


 僕が素直に答えると、お姉さんは少し頬を染めて俯きがちになってしまった。ちょっとかわいいな。



 少ししてお姉さんが復活したのを見計らって、僕は帰宅することにした。


「では魔石の換金も出来ましたしそろそろ帰りますね。沢山話に付き合わせてしまってすみませんでした。話好きなものでつい。」

「あ、いえ、私も自分から色々と聞いてしまいましたし気になさらないでください。それに遊城さんと話すのは楽しかったですし。」

「ありがとうございます。でも、遊城さん、か。なんとなく年上の人に【さん】と呼ばれるのはくすぐったいですね。宜しければ近所の子供みたいに【くん】にしておきませんか?敬語も緩めていただいて構いませんし。」


 出会って二回目なのに馴れ馴れしすぎるだろうか。でもこのお姉さんなら大丈夫な気がするんだけどな。あ、言ってくれそうか?


「そうですか。じゃあ……創くん?」


 良かった。敬語とか敬称ってどうしても壁を感じてしまうから出来ればない方がいいんだよね。


「はい。その方がしっくりきます。」

「じゃあ次からは創くんって呼ぶね?」

「お願いします。あ、僕はなんて呼べばいいですかね。僕だけお姉さんなのもあれですし。」

「う〜ん、いきなり下の名前で呼んでもらうのも……」


 考え込んでしまったな。そんなに悩むことなんだろうか。


「私から、提案しても宜しいでしょうか。」


 とそこでお姉さんの親友だというもう一人のお姉さんが少し後ろから声を発した。


「あ、はい。なんでしょう。」

「彼女は友崎来魅という名前なので、同じく下の名前の来魅さんで宜しいのではないでしょうか。」

「あ、結津姫。でもいきなり下の名前で呼ばせるなんて………」

「いいの。少しは頑張りなさい。」

「で、でも……」

「本当にあんたって子は消極的なんだから……」


 少しあちらの方で会議があるらしいな。別に僕はそう呼んでいいなら喜んでそう呼ぶんだけどな。試しに呼んでみるか。


「あの〜、来魅さん?」

「へ、あ?……は、はい!」


 一瞬呆けていたお姉さんだがしっかり返事してくれた。


「良かった。じゃあ今後は来魅さんって呼ばせてもらいますね?」

「う、うん。創くんがそれでいいなら。」

「僕はこれがいいです。一番距離を感じない呼び方ですから。」

「そっか。それじゃあ宜しくね、創くん。」

「宜しくお願いします、来魅さん。」


 そうして僕は二人に見送られてダンジョン課を後にした。


 今日一日でかなり受付のお姉さんと仲良くなれたな。気軽に下の名前で呼べるようにもなったし。今後何度も会うことになるだろうから、早めに距離を縮めておけたのは良かった。やっぱり話すのは楽しくなくちゃね。


「ふぅ、この後は帰って明日の学校の準備か。あっという間に過ぎ去ったな、土日。まあでも楽しかったしお金も手に入った。十分有意義な休日だったんじゃないか?」


 僕は満たされた思いと共に自宅へと自転車を漕いだ。


 この時の僕はまだ自分が“満たされた”ということ、そしてそれがどういう意味を持つのかに気付いていなかった。



「これでよし!っとじゃあもうだいぶ眠たくなってきたし健康的に早寝するか。」


 明日の荷物の確認を終えた僕はベッドへ倒れ込む。


「はぁ〜今日はなんかいつもより布団があったかいような気がする。このままいけばよく眠れそうだしステータスの確認は起きてからにしよう。おやすみなさい………」


 この日、僕は母親に抱かれた赤子のように安らかに眠りに就いた。それまで生きてきた中で憶えている限りでは初めてのことだった。

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