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出逢って最初の日曜日 後編

書きたかったことを詰め込んでみたらかなりの長さになってしまいました。そして前編から日数も経ってしまいました。すみません。

追記

誤字報告ありがとうございます。ちなみにwは意図的なものです。あと、あたたかい等の一部の表現は、漢字で書くよりも柔らかさを感じるかなと思って意図的にそうしています。

 午後四時三十分、昼過ぎのナンパ以降数件の業務を熟した私たちは、残り僅かとなった待機時間をゆっくりと過ごしていた。


「あと三十分で今日の仕事も終わりだね。この時間からだと来ても一人二人ってところかな。」

「結局来なかったわね、創くん。」


 結津姫の一言で抑えていた寂しさがじわりと漏れ出してくる。


「………うん。でもまだ機会はあるし、地道に話してくよ。」


 意識してしまえば辛くなることが分かっているから、そう自分に言い聞かせて残念に思う心をぐっと内側へと押し込めた。そんな私の様子から心情を的確に察した結津姫が私の体をぎゅっと抱き締めて頭を撫でながら慰めの言葉を掛けてくれる。


「そうね。まだあの子は高校生になったばかりだから当分はここに来ることになるわ。この先何度も話せるし、そうしていればきっと仲良くなれる。私と一緒に頑張っていきましょ。」

「ありがとう結津姫、大好き……」

「ふふっ、もう可愛いんだから。」


 そうして彼女のあたたかさに身を委ねていた時、表の方に誰かが近付く気配がした。


「どうやら最後のお客さんが来たみたいね。私が行ってくるから来魅はここでゆっくりしてて。」


 そう言ってするりと抜け出した結津姫が表の受付へと出て行く。それから間もなくして私のもとに戻って来た彼女は私の手を引き表へと連れだし、


「良かったわね来魅、愛しの創くんよ。頑張ってきなさい。」

「え?」


 そう言って状況が掴めずあたふたする私の背中をぽんと押した。その勢いに流され受付へと向かうと、そこにはずっと来るのを待ち望んでいた彼が立っていた。慌てて表情を取り繕い会話を始める。


「お待たせ致しました。」

「いえ、大丈夫ですよ。それより少し慌てている様子でしたが何かあったんですか?」


 取り繕う前の様子をばっちり見られていたみたいだ。なので私は少し恥ずかしさを感じつつ説明する。


「あ、えと、交代するときに少しからかわれてしまって。彼女とは昔からの付き合いでよくあることなので気になさらないで下さい。」

「そうですか。仲が良いんですね。」


 そう口にした時の彼の笑みで緊張が解れた私は本題を思い出しそちらへと話を移す。


「ふふっ、はい。あっ、とそれで買取でしたよね?」

「そうですね。かなりの量があるんですが魔石は何処に置けばいいですか?」

「机の上には置けない量なんですか?」


 見たところ彼が所持しているのは普通のリュックのみだ。その中に収まる量であればそこまで幅は取らないはずなんだけれど。


「ええ、見た目にはそこまで無いように見えると思いますが、実のところ想像以上に持ってきているんです。」


 そうなのか。まあ本人がそう言っているのだし、それに合わせた対応をするべきだよね。


「それでしたら複数回に分けて買取しますので、このトレーに種類毎に小分けで出して下さい。」

「分かりました。」


 そうして頷いた彼は、私が用意した大きめのトレーに次々と魔石の山を築いていく。それから彼が手を止めたのは十分程が経った頃だった。


「これで全部ですかね。自分で思っていたよりもありましたから、数えるのが大変じゃないでしょうか。」


 目の前に積み上げられた、どう見ても持ち運べる量ではない魔石の数々に驚く私の前で彼はふぅ、と息を吐きつつそう言う。確かにこの数は骨が折れそうだ。しかし問題はそこではない。


「が、頑張ります。それにしても今何処から魔石を取り出したんですか?」


 そう、彼は何もない空間からこの魔石の山を取り出した。それは現実では通常起こり得ないことだ。


 それに対して彼はなんでもないことのように説明を始める。


「僕の探索者としてのスキルの中に異空間収納、所謂アイテムボックスがあるんです。かなりの量が入るので荷物運びには便利なんですよ。現にこうして魔石を持ち運びしてきましたし。」


 やはりそういうスキルだったのか。色々なスキルがあることは聞いていたけれど実際に見るとその非日常が際立つな。


「そうなんですか。やっぱりダンジョンって色々と現実離れしているんですね。」

「はい、なので現実を忘れたい人にはおすすめですね。危険はありますけど。」

「はぁ、高校生も大変なんですね。」

「まあ、高校生がというよりも個人的な問題なんですけどね………」


 彼の皮肉に私が言葉を返すと、そう言って彼は遠くを見つめて何かを考えるように黙り込んでしまった。その瞳の奥に光さえ呑み込んでしまうような底の見えない昏さを感じた私は、何か焦りのようなものに背中を押されてこう口にしていた。


「そんなに深刻なんですか?私で良ければ相談にのりますよ。今日みたいに素材の買取しかしない日はあまり人も来ませんから。」


 まだ会うのは二回目だというのにあまりにも近付きすぎた発言に言ってから気付く。私には話してもらえるだけの関係性も、頼ってもらえるだけの信用も何も無いというのに。


 それを聞いた彼は少し驚いたようにこちらを見て固まり、僅かに顔を俯かせて小さく何かを呟いたあと顔を上げて弱々しく笑った。


「いえ、大丈夫ですよ。きっとこれは自分が変わらないと解決しない問題ですから。それにこんなことで御迷惑をおかけする訳にはいきませんし。」


 やはり今の私では力にはなれないみたいだ。年月が、交わした言葉の数が、繋がりが、圧倒的に足りない。


 それにこの先それが足りたとしても、きっとこの人は私を頼らない。いや、この人は多分本当の意味で頼るということを知らない。頼りにしているように見せて、その実重要なところは無意識に隠している。


 だが、それは今までにそうすることを許してくれる環境が無かっただけ。私がその初めての人になればいいんだ。だから私は寄り添うことを諦めない。いつかきっとこの人に心を開かせてみせる。


「そう、ですか。でも今後気が変わったら何時でも来てくださいね。直接解決する力はありませんが話し相手くらいにはなりますから。」

「ありがとうございます。その時はお世話になりますね。」


 やはり空虚な答えに胸が痛んだが、そのことだけに気を取られている訳にもいかない。今の私は受付嬢だから、本来の仕事をしなくては。


「はい。ではこれから魔石の買取に移ります。かなりの量があるので少々お時間を取らせてしまうかと思いますのでそちらの椅子でお待ち下さい。」

「すみません、次からはこまめに持ち込みます。」

「ふふっ、気にしないで下さい。これも仕事のうちですから。ですがそうしていただけるとこちらも助かります。」


 軽く受付嬢として会話をしたあと、作業に取り掛かる。それから少ししてあることに気付いた私は手を止めて彼に質問した。


「それにしてもこれだけの魔石を回収するということはダンジョンに入って一週間という感じではないですよね。もしかして一般開放される以前から入ってますか?」


 私がそう尋ねた瞬間、彼は僅かに目を見開いて考える素振りを見せた。私は慌てて言葉を続ける。


「あ、個人情報はしっかり守りますから安心して下さい。私個人の疑問なので胸の内に留めておきますから。」


 それを聞いて表情を緩めた彼は少し子供らしい笑みを浮かべてこう囁いた。


「そういうことなら。僕たちだけのヒミツですよ?」


 初めて見る彼の年相応の表情に嬉しくなった私は少し声のトーンを上げて微笑み返す。


「はい、勿論です。」


 彼は私の顔を見て頷き、口を開いた。


「では、まず僕が最初にダンジョンに入ったのはダンジョン発生の次の日で、それ以降放課後と土日はほぼ必ずダンジョンに入るようにしています。」

「えっ、そんなに早くからですか!?」


 驚いた。早くとは思っていたけれど、まさかそんなにすぐとは。それにダンジョンに費している時間もかなりのものだ。流石にそこまでは予想していなかった。好奇心って凄いなぁ。


「はい。それで地道に探索を続けてレベルアップをしています。ここで一つ質問なんですが、今ここの地区を担当している調査班の方々はどのくらいのレベルかご存知ですか?」


 驚く私をよそに彼は話を続け、徐ろに質問を投げかける。それに思考を戻された私は記憶を辿り答えを紡いだ。


「確か三十を超えた辺りだったと思います。ってもしかして……」


 その途中で彼の言わんとしていることに気付いて彼の様子を伺うと、彼はふっと微笑み頷きを返した。


「はい、僕の方がレベルは上です。加えて実際にお会いしたことが無いので断言出来かねますが、調査班の方々と違ってソロで探索しているので恐らく技術も勝っていると思います。」


 一人で探索をするということは調査班の人達が役割分担して行っている作業を全て自分で行っているということだ。それなら他よりも成長するのはうなずけるけど、同時に問題もある。


「ソロって、危なくないですか?もし何かしらの理由で動けなくなっても誰も助けられないですよね?」


 そう、無事で帰って来れる可能性が圧倒的に低くなるのだ。


「そうですね、僕の通っているダンジョンは国も把握していないですから他に人が来たとしても友人くらいです。まあ僕のメインの狩り場は友人たちではまだ踏み込めないんですけどね。」


 今さらっと国営ではないと言った。確かに多過ぎるダンジョンに手が回りきらないダンジョンは自己責任を前提として禁止されてはいないが、そんなところに自分から足を踏み入れようとは思わない。ましてや一人でなんて私には到底無理な話だ。


「それじゃあいつも死と隣合わせで探索してるってことですよね。恐くないんですか?」

「恐さはありますけど、一応死なないように慎重に戦ってはいます。これからもっとダンジョンを楽しむ為にそう簡単に死ぬ訳にはいかないですから。」


 楽しむ為にって、この人は自分の命を軽く見過ぎてはいないだろうか。もっと命は大切にされなくてはならない筈なのに。


「そうですか。でも、やっぱり一人は危険ですよ。予想外のことがあってもし亡くなるなんてことがあれば悲しむ人もいる筈です。」

「友人たちはそうでしょうね。彼らは普段から良くしてくれていますし仲が良いという自負もあります。」


 そうだ、一緒にいる彼らは自分の友人が死ぬことなんて望んでいないだろう。それは家族だって………家族?どうして真っ先に家族のことが話に出て来ないんだろう?


「ご家ぞ……「彼らの為にももう少し考えて探索しないといけませんね。」


 っ!今のはどういうこと?偶々話し始めが被っただけ?それともやっぱり家族との間に何かあるの?もしかしてそのせいで彼は今あんなに暗い気持ちを抱えているの?………知りたい。聞きたい。でも、今の私にはそこまでを問う権利は………


 そうして悩んだ結果、私は今はそのままにしておくことに決めた。でも忘れる訳じゃない。いつか彼が私のことを頼ってもいい、いや、頼りたいと思ってくれるようになった時に改めて聞こう。それまでは一度心の奥にしまっておく。そのうえでこれだけは言っておかなければいけない。


「………そうして下さい。私も自分が担当した探索者さんが亡くなったなんて話を聞きたくはないですから。」


 直接は伝えないけれど私はあなたがいなくなったら悲しむんだってこと、ここにもあなたのことを気にかけている人はいるんだってことだけは分かっていて欲しい。


「そう、ですよね。……分かりました。お姉さんの為にもしっかり無事に帰って来ます。そしてまた沢山戦利品を持って来ますから、その時はまたお願いしますね。」


 どうやらちゃんと伝わったらしい。


 彼は真剣な顔で頷き、その後にまた空気を戻すような明るい笑顔を浮かべた。


「ふふっ、沢山になる前に、まめに、ですからね?」


 私も同じく明るい笑顔を浮かべ、少しいたずらっぽくそう言う。


「あはは……気を付けます。」


 彼は観念したように眉を下げてそう答えた。



 それから学校のことや最近の探索での出来事など、軽い世間話をしつつ、途中から結津姫も加えて作業すること二十分程、遂に査定が完了した。話すのはとても楽しかったけれど、流石に量が量だから疲労感はかなりある。最後の最後に予想外の大仕事だった。


「結構な額になりましたね。」

「これでもエネルギー効率から考えると安い方なんですよ。色々と事情があってここまでの価格に抑えられているんです。」


 換金額を手にし驚きを見せる彼だけれど、本来の価値を考えればこんなものではない。下手すると今日の分だけでも一般的な生涯年収を超えてしまう。流石にそんなお金をぽんぽんと払える余裕は国には無いし、今後供給量が増えて行くものにそこまでの価値が付けられることもないから現実にはそうはならないけれど。


「そうですよね。まあ、確かにいきなり発生したエネルギー資源の取り扱いは難しいですからね。買取に踏み切る事自体国としては異例のことですし、それだけダンジョンに入る人を増やしたいってことなんでしょう。」

「本来なら規制して死亡者がでないようにするのが国の役目な筈なんですけどね。」


 少なくとも今までの日本はそうだった。だから今回ダンジョンが立入禁止にならなかったのには正直驚いた。危険なのが分かっているのにどうして開放されるのかと。


「時には利益を考えなければならないのもまた国です。もしエネルギー資源を国内で全て賄えるようになればかなりのアドバンテージですからね。」


 そうなんだよね。今の日本は資源の面であまり強くないからダンジョンはそれを克服するまたとないチャンスになり得る。それと危険度を比べてチャンスの方を優先したんだってことは考えたけど、それでも私は納得しきれなかったな。だからこうしてそういうものだと割り切っている人を見ると、私より大人なんだなと思う。同時にこうも思ってしまうんだけれどね。


「高校生に国の利益の話をされるのは少し複雑ですね。なんというかもう少し夢のある年齢だと思っていたんですが。」


 私が高校生だった頃はそんなことを気にして生活してなかった。でもそれは単純に私がそういうことを考えなくてもいい楽な環境にいただけなのかな。


「最近の高校生は案外こういうものですよ、とは言い切れませんがこういう高校生はいますよ。受験のことも考えないといけませんし、子供らしく遊ぶことだけ考えていられる人は稀です。」


 っ!思いもよらない所から私にとっても重要な話題が出てきた。


「受験、ですか。もう行き先を決めていたりするんですか?」


 行き先次第ではあと二年と少しで彼とは会えなくなってしまう。どう、なんだろうか。


「僕はまだですね。ですが東京、神奈川辺りの大学にしようとは思っています。今住んでいる家から通える方が楽ですし、通学に時間を取られたくもないですから。それに何より普段通っているダンジョンをまだ攻略しきっていません。」


 良かった。それならまだまだ会うことが出来るし、上手く行けばずっとここを拠点に活動してくれるかもしれない。


「そうですか、では当分はこの街で活動するんですねっ。」

「お姉さんが嬉しそうで何よりです。これから長くお世話になると思いますのでよろしくお願いしますね。」


 私がなんでもない風を装って言葉を返すと、彼はくすっと笑ってから私のことを優しい表情で見つめ、そう言った。私は慌てて返事をしてから恐る恐る尋ねる。


「は、はい!……顔に出てましたか?」

「そこはかとなく。」

「そ、そうですか。」


 やってしまった。嬉しさが抑えきれなくて伝わってしまったみたいだ。変な人だと思われてなければいいけど……大丈夫だよね?


 そうして心配する私を他所に、彼は必要な物をリュックに仕舞い別れの言葉を告げる。


「では魔石の換金も出来ましたしそろそろ帰りますね。沢山話に付き合わせてしまってすみませんでした。話好きなものでつい。」


 いつまでも一人の思考に埋もれている訳にもいかないので一度現実に意識を戻して返答する。


「あ、いえ、私も自分から色々と聞いてしまいましたし気になさらないでください。それに遊城さんと話すのは楽しかったですし。」


 これは紛れもない本心だ。というか初めて会った日からこうやって話せるのを待ち望んでいたのだから楽しくない筈がない。その気持ちを乗せてそう言ったのだが、彼は少し困ったような顔をした。今の言葉に何か問題があったのだろうかと不安になりかけたが、すぐにその答えは彼の口から伝えられた。

 

「ありがとうございます。でも、遊城さん、か。なんとなく年上の人に【さん】と呼ばれるのはくすぐったいですね。宜しければ近所の子供みたいに【くん】にしておきませんか?敬語も緩めていただいて構いませんし。」


 ついさっきまで不安になりかけていた私の心は私の頭が彼の意図を理解するよりも先に勝手に元気を取り戻していた。それを抑え込んで今一度彼の言葉を整理する。まあすぐに心の圧に負けて吹き飛んでしまうのだけれど。


 今なんて?えっともしかして彼の方から距離を詰めてくれたの?え、え、ど、どうしよう。嬉しいけどいいのかな、一応お客さんと受付嬢だし。でも本人がその方がいいって言うんだしいいんだよね?じゃ、じゃあお言葉に甘えて………


「そうですか。じゃあ……創くん?」


 わあぁぁぁぁぁぁ!どうしようなんか恥ずかしいよぉ!でもすっごく嬉しい。まさかこんなにすぐにここまで進めるなんて。って抑えないと創くんに伝わっちゃう。だ、大丈夫だよねバレてないよね?


「はい。その方がしっくりきます。」


 私の考えてることがバレているのかいないのか分からないが、彼は少し照れた様な顔で頷いた。


「じゃあ次からは創くんって呼ぶね?」


 その表情になんとなく気分が良くなった私はもう一度彼に呼びかける。すると彼は再び嬉しそうに頷き、その流れのままに私の跳ねた思考を一瞬で落ち着ける質問を投げかけた。


「お願いします。あ、僕はなんて呼べばいいですかね。僕だけお姉さんなのもあれですし。」


 その発想は無かった。いや、私が呼び方を変えたなら逆に彼からの呼び方が変わってもおかしくはないか。自分のことで舞い上がっていたから私の知能指数が下がっていただけだな。落ち着いた今なら容易に考えつく。


 でもいざ呼び方を変えてもらうとしてもどこまで許されるだろうか。


「う〜ん、いきなり下の名前で呼んでもらうのも……」


 突然の難問w(但し本人は真剣)に頭を悩ませていると、作業後裏に戻っていた結津姫が後ろから声をかけてきた。


「私から、提案しても宜しいでしょうか。」

「あ、はい。なんでしょう。」


 私も彼も思考を止めて彼女を見る。それを確認した彼女は私からするとなかなかに大胆なことを口にした。


「彼女は友崎来魅という名前なので、同じく下の名前の来魅さんで宜しいのではないでしょうか。」

「あ、結津姫。でもいきなり下の名前で呼ばせるなんて………」


 確かにそれも考えたし私が下の名前で呼んでるからおかしくはないけど、それじゃあまるで恋……


「いいの。少しは頑張りなさい。」


 私の躊躇いを意図的に遮るように彼女が言葉を重ねる。


「で、でも……」


 それでもまだ躊躇している私に彼女は呆れた風に溜息を吐く。


「本当にあんたって子は消極的なんだから……」


 そうして私たち二人が小声で相談を続けていると、彼の方から声が掛かった。


「あの〜、来魅さん?」


 体がびくっと反応し、反射で口から声が漏れ出る。


「へ、あ?……は、はい!」


 今、下の名前で……


「良かった。じゃあ今後は来魅さんって呼ばせてもらいますね?」


 私が返事したことで了承したと受け取られたみたいだ。図らずも願った通りになってしまった。


「う、うん。創くんがそれでいいなら。」

「僕はこれがいいです。一番距離を感じない呼び方ですから。」

「そっか。それじゃあ宜しくね、創くん。」

「宜しくお願いします、来魅さん。」


 こうして寂しさに埋もれて終える筈だった今日の仕事は、思いがけず最高の形で締め括られる結果となった。


 帰って行く創くんを笑顔で見送り、姿が見えなくなって少しだけ名残り惜しさを感じつつ裏に戻るとにやにやした結津姫が待っていた。


「な、なに?」

「いやね、珍しく青春してる親友がもう可愛くて可愛くて。」

「もう、初めてなんだからしょうがないじゃん。男の子相手にどうしたらいいのか分からないんだもん。」


 私だって年上らしくもっと余裕を持って話せたらって思ってるよ。さっきだって創くんが色々と気を遣ってくれたから上手く話せただけだし。


「ああもう拗ねないの。来魅はそのままでいいのよ。さっきみたいにわたわたしてるのも可愛いし、あんまり男慣れしてない所がまた男心をくすぐるものよ。」

「そうなの?」

「少なくとも彼は来魅のそういうとこ見て可愛いと思ってたみたいよ。今まで沢山の男を見てきた私が言うんだから間違い無いわ。」

「そ、そっか。」


 創くんがそう思ってくれてるのならいいのかな。でも今のままは恥ずかしいから少しずつ慣れていこう。


「分かった。でも私なりにもっと落ち着いて沢山話せるように頑張ってみる。」

「そうね。は〜〜今日一日で来魅に結構先越されちゃったなぁ。私はまだちょっと好意的なお姉さんくらいにしか思われてないだろうし呼び方も普通にお姉さんのままだし、親友の応援してるだけじゃなくて自分の方も頑張って距離縮めなきゃ。」


 今のままでも十分積極的だと思うんだけどなぁ。結津姫としてはまだ足りてないんだね。……そうだ、創くんともっと仲良くなれたら創くんにも結津姫の恋を応援してもらえないかな?頼んだらやってくれそうな気がするんだよね。今日は結津姫に色々と助けてもらったから、ちゃんと恩返ししたいな。


「さて、仕事も終わったことだし帰りますか。」

「そうだね。帰り何処か寄ってく?」

「う〜ん、それも悪くはないけど、どっちかというと真っ直ぐ帰ってベッドにダイブしたい気分ね。明日は休みだし寝れる時に寝ておきたいのよ。」


 そういえば昔から結津姫は次の日に予定があると熟睡出来ないんだった。寝坊とかのことを考えるとつい仮眠みたいになっちゃうって。あんまりそういうふうに見られないけど、意外と真面目なんだよね。


「分かった。じゃあ真っ直ぐ帰ろっか。」


 結津姫の要望を叶える形で私たちは何処にも寄り道せずに帰宅した。



「ただいま。」


 家に着いて玄関からリビングに向かって声を掛けると母が出迎えてくれた。


「おかえり、もうご飯出来てるわよ。」

「やった!じゃあすぐお風呂入ってくるね。」


 最後の仕事がなかなかハードだったから丁度お腹空いてたところだったんだよね。


「分かった、出てきたらすぐ食べれるように温めておくわ。」

「ありがとう。」


 こうやって気を遣ってくれる家族がいるって幸せだ。創くんはやっぱりこういう家族じゃないのかな。あんなに頑なに家族の話をしないようにしてるから多分そうなんだよね。


 自分の家族があたたかいからこそ、それが無くなった状況はより恐ろしく感じる。今の日常が当たり前になっている私ではきっと耐えられないけれど、彼はそんな環境でずっと生きてきたのだろうか。そしてこれからもそのまま生きていくのだろうか。


 もしそうなら、やっぱり私は彼にこのあたたかさを教えてあげたい。家族の代わりに私があたためてあげたい。今の関係ではまだ話し相手になるくらいしか出来ないけれど、いつか絶対にあの暗い顔を心からの笑顔に変えてみせよう。彼の心の拠り所になってみせよう。


「その為にも来週からまた頑張ろう。沢山話して距離を縮めて頼れるお姉さんにならないとね。」




 その夜、私は夢を見た。彼が私の胸で泣いている夢だ。でもその顔は笑っていて、何処か安心しているようにも見えた。そしてそんな彼を抱く私も笑っていて、彼に対する愛しさが溢れ出ているように見えた。


 きっと私が目指すものはこれなんだろう、夢の中という曖昧な感覚の中で、それだけははっきりと分かった。

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