8.マリエルVSベルンハルト
ベルンハルト皇太子との勝負は私が転落した谷で行われることになった。二度目のマリエルの人生が始まった地だ。
この谷の下には誰も近寄らない魔物が住む森がある。
ラシードがローゼンストーン大公家に被害が及ばないようにとここを選び、連れてきてくれたわけだが……。
「勝負は何でもありの一本勝負だ。先に降参した方の負けとする」
審判を買って出たのはラシードだ。何でもありとは物理的な攻撃もありということか?
ベルンハルト皇太子が物理的な攻撃を仕掛けてきたらどうしてくれる気だ。
私の考えを読んだかのようにベルンハルト皇太子がふふんと鼻を鳴らす。
「安心しろ。子供相手に物理的な攻撃は仕掛けない。あくまで魔術戦で勝負だ。手加減はできないが、死んだら蘇生させてやる」
だから、貴方も子供でしょうが!
相手は魔人というラスボスクラスの相手だ。
正直、勝てる気はしないが、できる限り足掻いてみようと思う。
私は引きつった笑いを顔に貼りつける。
「……それはどうも……ご親切にありがとうございます」
私の中で疑問が芽生える。蘇生という言葉に引っかかったのだ。蘇生は聖女しか使えないはず。なぜベルンハルト皇太子が蘇生を使えるのだろう? この人、魔人だよね?
後で本人に尋ねてみようか? 素直に教えてくれるとは思えないが、それならそれでラシードに尋ねてみよう。きっと何か知っているはずだ。
ラシードによる勝負開始の合図が出された。
「始め!」
開始の合図とともに、ベルンハルト皇太子の周りに一瞬で無数の水の塊が生まれる。『ウォーターボール』だ。
無詠唱で魔術が使えるのは、想定内のことなので慌てない。
「まずは小手調べだ。頼むからこの程度で倒れるなよ。俺が面白くない」
にやりとベルンハルト皇太子が口の端を吊り上げると、無数のウォーターボールが私に向かってくる。
「防御壁!」
手をかざすと私の前に壁が現れる。透明な空気の壁は無数のウォーターボールを弾く。
「へえ。聞いたことがない言語だ。面白い魔術を使うな。それに無詠唱の魔術に驚かないんだな?」
感心したようにベルンハルト皇太子が呟く。
「ええ。師匠がそうですので」
ラシードは魔術を使う際に詠唱を必要としない。
模擬とはいえ、ラシードと魔術戦をするのは命がけだ。何せどんな魔術が飛んでくるのか予想がつかない。
対処のしようがないと文句を言えば『防御壁を張ればいい。ただし簡単に破れない頑丈なやつをな』と返される。
だから編み出したのだ。エンシェントエレメンタルドラゴンの『竜の息吹』にも耐えられる防御壁を。
実際、ベルンハルト皇太子の魔術にも耐えてくれた。ラシードは勝負を挑まれてボコボコにしたと言っていたから、実力はラシードの方が上だろう。
「今度はこちらから参ります! 『無限魔法術式』展開!」
私の頭上に、周りに、幾重もの魔法陣が浮かび上がる。
これは私のオリジナル魔術で、名のとおり無限に魔術を連発できる魔法術式だ。
私は魔力の循環が逆回転でほとんど垂れ流し状態なのだが、それは常時行われている。しかも、魔力切れを起こすことなくだ。
普通は限られた魔力が体内で循環しており、魔術を行使すると魔力が減っていく。魔力量は個人差があるが、体内を循環する魔力が枯渇すれば魔力切れを起こす。
だが、私はどうも魔力が枯渇しない体質らしい。
尤もこちらの世界の言語では魔術が上手く扱えないせいで、一度目の人生は苦労したわけだが……。
なぜか日本語と相性がいいおかげで、二度目の人生ではこんな魔術を編み出せた。あまり良い人生ではなかったが、一度目の人生の後、日本人に転生できて良かったと思っている。
一つの魔法陣をベルンハルト皇太子へと向けた。魔法陣は花の形となり花弁が開いていく。
「氷華の息吹!」
氷の花弁は鋭い刃となってベルンハルト皇太子に襲いかかる。だが、防御壁に弾かれた。
「こんな魔術は反則だろ」
そう言いながらも、ベルンハルト皇太子はくくくと含み笑いをしている。
「貴方がそれを仰いますか?」
無詠唱で魔術を使えるくせに! しかも魔人と来たもんだ!
「ますます手加減ができないな」
ベルンハルト皇太子は手のひらを上に向けた。手のひらに炎が灯る。炎はどんどん火力を増し巨人へと姿を変えた。
火の精霊を召喚したのだ。精霊魔術も使えるのか。
私は頭上に手を上げる。
「水の精霊召喚!」
頭上の魔法陣から人魚のような姿をした水の精霊が現れる。
ベルンハルト皇太子が召喚した火の精霊は私が召喚した水の精霊に向かっていく。
ぶつかり合った精霊たちは互いに一歩も譲らなかった。
そして――。
精霊たちの魔力が混ざり合い水蒸気爆発が起こった。凄まじい爆風が吹き荒れる。
「きゃあああああ……」
咄嗟に防御壁を張るも間に合わず、私は爆風で吹き飛ばされてしまった。
果たして勝敗の行方は!?