4.再び伝説のドラゴンがやってきた
誕生日プレゼントとしてお母様から贈られた『初級魔術大全』というタイトルの魔術書を抱えて、城の裏手にある森へとやってきた。
「ここなら誰にも見つからずに魔術の鍛錬ができそう」
「きゅい!」
ルリアが同意するように鳴く。
貴族の子女が魔術の勉強を始めるのはだいたい六歳くらいからだ。
一度目の人生では六歳でエドアルト王子の婚約者となったので、必然的に妃教育に組み込まれていた。
しかし、一度目の私は勉強が大嫌いで、そのくせ矜持だけは高かったのだ。得意だったのは社交とダンスだけ。尤も社交は私が大公家息女で王子の婚約者だったから成り立っていただけだ。
二度目は勤勉な大公家息女を目指す。
いろいろと勉強しておけば、後々役に立つかもしれない。例え魔術がポンコツだとしても……。
瀬戸内鞠絵は勉強好きで高学歴だった。念願の大手企業に就職できたし、自分で言うのも何だがそこそこ優秀な社員だったと思う。
だから、今回の人生はポンコツではないかもしれない。
今日はそれを確かめに来たのだ。お昼寝の時間、ソファアの目を盗んでこっそりと……。
魔術書を見ながら、詠唱をしてみる。
「ええと……来たれ。一陣の風よ。我が刃となりて敵を切り裂け。ウィンドカッター!」
私の周りにそよ風が吹いたかと思うと、標的の木にポスッと軽くぶつかり消えた。
「やっぱり魔力がポンコツだ」
子供でも使える初級魔術でこの程度である。
私はがくりと膝をつき項垂れる。
「だいたい詠唱長くない? なんか厨二病みたいだし。もう『風の刃!』とかでよくない?」
日本語で愚痴をこぼすと、突然、つむじ風が吹き、螺旋状の風は木を切り裂いた。
「へっ!?」
何が起きたか把握できず、思わず間の抜けた声が出てしまった。
「アンバランスな魔力だな」
木の上から声が聞こえてくる。頭上を見上げると、長い金の髪を靡かせた青年が木の上に立っていた。
青年は飛び降りると、私の近くに着地する。
「昨日ぶりだな。人間の娘」
片手を上げて爽やかな笑顔を見せる青年は、はっきり言って美形だ。だが、この美形とは会ったことがない。誰だろう?
「ぴぎゅるるるるる……」
今まで大人しかったルリアが青年を見た途端に唸りだす。
「どうしたの? ルリア」
「怒るな、チビ。連れ戻しに来たわけじゃない」
連れ戻す? ルリアを? 何かが符合して、私の中にすとんと落ちた。
「あっ! 昨日のエンシェントエレメンタルドラゴン! ……さん!?」
ルリアのお父さんだ! 名前は確かラシード。人間姿にもなれるんだ。
「ぴぃ! きゅきゅい!」
「何? 今すぐ帰れだと? 早くも反抗期か」
親子で睨み合っている。
いいなあ。私もルリアの言葉が分かるといいのに……。
「あの……ルリアを連れ戻しに来たわけでないのであれば、何か他にご用が?」
「たまたま通りかかっただけだ」
本当は心配になってルリアの様子を見に来たんだと推測する。本当の親だものね。
「大丈夫ですよ。ルリアはうちの人気者なので、皆可愛がってくれてます」
ドラゴンとはいえ、ルリアは愛嬌があって人懐っこい。うちの両親を始め使用人たちもルリアを可愛がっている。
「そうか。それならば良い。ところで魔術の練習でもしてたのか?」
「……そうなのですが、なかなか上手くできなくて……」
ラシードはしばらく腕を組んで考えていたが、ふいに私の頭に手を置く。
「なっ!」
私は驚いてラシードの手を頭から払い除け、後退る。
「ふ~ん。やはりな。魔力の循環が逆だ」
「魔力の循環が逆……ですか? どういうことですか?」
「魔力循環については知っているか?」
「はい」
魔力を持っている人間は常に体内に魔力を循環させている。体内を流れる血液のようなものだ。
「お前は普通とは逆に魔力が循環しているんだ。魔術がアンバランスなのはそのせいだ」
「つまり逆流していると?」
「そういうことだな」
普通は体内に魔力を蓄積するのだが、私は魔力を垂れ流しているのだ。
それはポンコツだわ。
「治す方法はないのですか?」
「生まれつき逆っぽいからな。無理だろう」
再びがっくりと項垂れる。
古代精霊竜というから、失われし魔力とかで治す方法を知っていると思ったのに……。
「まあ、そう落ち込むな。先ほどの不思議な言葉であれば、魔術を上手く使えていただろう?」
「……不思議な言葉? 日本語ですか?」
「日本語というのか。不思議で複雑な言語だ。だが、お前の魔力とは相性がいいようだ」
そういえば日本語で「風の刃!」と言った途端に木が切り裂かれていた。
ということは魔術を使う時に「火の球」とか「石の弾丸」とか詠唱すればいいということだ。
ラシードはコホンと咳払いをする。
「良ければ昨日の詫びに俺が魔術を教えてやってもいい」
素直にルリアに会いたいと言えばいいのに……。
「……お詫びなら割れた窓やめちゃくちゃになった庭園を弁償してください」
「ぴぎゅ!」
伝説のドラゴンが仲間になった。




