3.伝説のドラゴンがやってきた
食堂の窓が振動で震えている。
外ではバキバキと木々がなぎ倒される音がしていた。
「一体何事だ!」
お父様が慌てて席を立ちあがり、窓へ近寄ろうとするのを家令が押し留める。
「危険です! 大公殿下はここをお動きになりませんように。衛兵に外の確認を!?」
その時、窓が派手な音を立てて割れ、ガラスの破片が飛び散る。
だが、破片は私たちに被害を与えることはなかった。
お母様が咄嗟に防御壁を張ってくれたおかげだ。
「俺の子供を返してもらおう!」
腹の底に響くような声が聞こえたかと思うと、窓から不思議な生物の顔だけが入ってきた。
瑠璃色の鱗に覆われた大きな顔はドラゴンのようだ。
「まさか!? いいえ。あれは伝説の生物のはず……」
お母様は不思議な生物について何か心当たりがあるようだ。
「リゼロッタ。これはドラゴンなのか?」
「ええ。古代の文献で見ただけなので、確証はないのだけれど……。古代精霊竜ではないかしら?」
私はお父様とお母様に庇われるように二人の間に挟まれていた。ルリアは私の懐にいて不安そうな顔をしていた。
「きゅい~」
「大丈夫よ、ルリア」
ルリアを安心させるように撫でてやる。
「そのとおりだ! 俺はエンシェントエレメンタルドラゴンの長でラシードという。そこの小娘の懐にいる俺の子供を返してもらいにきた」
ドラゴンがお母様の言葉を肯定するように自ら名乗りを上げた。
このドラゴンがルリアの親!? ルリアは伝説のドラゴンの子供?
「ルリアが古代精霊竜の子供? 変わったドラゴンだとは思っていたけれど」
お母様は私の懐にいるルリアを見つめる。
「さて、では子供を返せ」
ルリアと離れなければいけない。数日だったがいつも一緒だったのに。
ふいにポロリと頬に熱いものが伝う。
「マリエル……つらいかもしれないけれど、本当の親の元に返すのがルリアのためなのよ」
「……うん」
お母様に抱きしめられる。
「ルリア、お別れだね」
私は涙を拭うと、エンシェントエレメンタルドラゴンのラシードの下にルリアを連れていく。
ラシードにルリアを返そうと抱き上げた時――。
「きゅい!」
ルリアは私の手から抜け出し、懐にしがみついてくる。
「ルリア、お父様の所にお帰り」
「きゅい! きゅい!」
ルリアは首を横に振った。お別れしたくないと言っているのだろうか?
「なんだと!? 嫌だと言うのか!」
「きゅい! ぴぎゅぴぎゅぎゅ!」
ラシードがギロリと私を睨みつける。私はビクリと身を震わせた。
「何ということだ! 誇り高きエンシェントエレメンタルドラゴンが人間なんぞと一緒にいたいというのか?」
ラシードが頭を抱えて嘆いている。よく見ると金色の髪のようなものが頭頂にあった。まるでたてがみのようだ。
ルリアの言っていることが分かるんだ。さすがは本当の親。
「きゅきゅい!」
「ううむ。仕方あるまい。人間の娘、我が子を預ける。大切に育てろ!」
「は、はい!」
ラシードは鋭い爪でカリカリと頭を掻くと、再び私に目を向ける。
「子供はルリアと名付けたのか?」
「そうです」
「雌のような名だな。そやつは雄だぞ」
「えっ?」
ルリアは男の子だったのだ。
「もしルリアに何かあればこの国を滅ぼしてやるからな!」
捨てセリフにしても物騒な言葉を残してラシードは飛び去って行った。
「良かったわね、マリエル。ルリアと一緒にいられるわよ」
「うん! お母様」
嬉しくてルリアを抱きしめると、ルリアも「きゅい!」と嬉しそうに鳴いた。
その後、大公家ではルリアはとても大切に扱われた。
何かあれば国を滅ぼされるからだろう。
マリエル「お父様とどういう取引をしたの?」
ルリア「きゅい! ぴるるる……」
マリエル「…………」