37.嵐の前の静けさ
エリアーナの言うことが理解できず、間抜けなことにポカンと口を開けてしまった。
鳥になって飛んできたとはどういうことだろう?
「なるほど。変身魔術か?」
ベルンは思い当たる節があるようだ。
「はい。つい最近変身魔術を使う方にお会いして、トレースさせてもらったんですよ。とても便利なんですけれど、使う時間が限られているのが残念です」
エリアーナはしゅんと項垂れる。
今まで得た情報を整理してみよう。
エリアーナは生来神聖魔術を持っているわけではなく、魔法をトレースする魔術を持っているらしい。
そして、その魔術は使う時間が限られている。
先ほどエリアーナはベルンの神聖魔術をトレースすると言っていた。
もしかして一度目の人生では、ベルンの神聖魔術をトレースして聖女になったということだろうか?
しかし、使う時間が限られているということだが、エリアーナは何度も癒しの力を使っていた。どうやっていたのだろうか?
まだまだ謎だらけだ。
「皇太子殿下。こちらにいらっしゃいましたか?」
ふいに声がした。ベルンを探しに来た護衛がこちらに近づいてくる。
「邪魔が入ってしまいました。残念ですが、今日のところは諦めます。では、また!」
言うが早いか、エリアーナは突然姿を消した。上空に羽音がするので、見上げると鳥が飛び去っていくのが見える。
「あれはエリアーナかしら?」
「マリエ、あの娘は危険な感じがする。早く部屋に戻れ。送っていく」
結局、エリアーナの目的は果たされなかったようだが、再び姿を現すかもしれない。
◇◇◇
一度目の人生での私は愚かだった。
幼い頃に母を亡くした娘を哀れに思ったお父様は私を徹底的に甘やかした。
ドレスも宝石も欲しがる物は何でも買い与え、嫌がることはやらせない。
甘い言葉に耳を傾け、諫言は無視する。
ちやほやされていい気になっていた。陰では「ポンコツ公女」と言われながら……。
だから利用された。
エリアーナはエドアルトだけではなく、他の男性をも虜にしていた。彼らの婚約者はエリアーナを排除したかったが、相手は聖女だ。おいそれと手が出せるものではない。
そこで目をつけられたのが私だ。
王族に連なる大公家の息女で第三次クレイナ戦役の英雄の娘。おまけに第一王子エドアルトの婚約者である私は彼女たちにとって格好の旗印だった。
「マリエル公女様に指示されてやりました」と言えばいいのだから。
旗印にされた挙句に国外追放されたのではたまったものではないが、それだけ私が愚かだっただけのことだ。
「できれば、二度目の人生ではエリアーナには会いたくなかったわね」
結局、エリアーナに会った日は眠れず、一晩明かしてしまった。
「きゅ?」
「ルリア、起きちゃったの?」
今から眠れるわけもないので、ベッドから身を起こすとルリアが首を傾げていた。半分寝ぼけまなこだ。
ルリアたちは私と同じ部屋で過ごすことを許されているので、好きなところを寝場所にしていた。
ルナとシルヴァーはベッドの足元の方で身を寄せ合って眠っている。
ブランは夜行性なので、部屋に面している中庭に放してあるのだが、夜が明けたからその辺の木に止まって寝ているかもしれない。
ルリアは私の横で寄り添っていてくれたのか、私が身を起こした時に目を覚ましてしまったようだ。
私はルリアのたてがみを撫でる。
「起こしてごめんね。まだ眠っていていいのよ」
「きゅい~」
ころんとベッドに転がり、ルリアは再び寝息をたて始めた。
可愛いなあ。この子たちと平穏に過ごしたいが……。
「エリアーナはまた姿を現すわね」
エリアーナは再びマリエルの前に姿を現すのか?