36.頭のおかしな侵入者
なぜ彼女がここにいるの!?
エリアーナは確か私と同じ年だから今六歳だ。
六歳の彼女はカルクシュタイン王国の花街で母親と一緒に暮らしているはず。
困惑している私をよそにエリアーナは七歳の少女とは思えないほど、妖艶に微笑む。
「わたしをご存じなのですか? ローゼンストーン公女様?」
エリアーナの口が歪に曲がって、私はぞくりとする。
「いいえ。知りません」
「そうですか? でも、今わたしの名前を口にしたではありませんか?」
可愛らしく首を傾げて微笑むエリアーナ。
くう! うっかり口に出してしまった私を張り飛ばしたい!
「猫。そう。エリアーナという名の猫を探していたのです」
我ながら苦しい言い訳だ。
「ふうん。猫ですか」
「貴女もエリアーナという名前なのですか?」
「そうですよ」
ごまかせたかな? でもラトレイアーという姓名まで口走らなくてよかった!
「そう。エリアーナさんはどうしてここにいらっしゃるの?」
内心冷や汗をかきながら、つとめて冷静に問いかけてみる。
「うふふ。それは……」
エリアーナは花が綻ぶような笑みを私に向ける。
「貴女の魔術をトレースするためです」
はあっ!?
「トレースとはどういうことですか?」
言葉どおりであれば『模写』だが、魔法を模写するということだろうか? 模倣魔術の類?
って言うか! エリアーナは聖女だから神聖魔術の持ち主ではないのかしら?
「クレイナでの貴女の魔術を見た時にわたし圧倒されました。最強ですよね」
クレイナで私の魔術を見た? ということはあの場にエリアーナがいたということになるが、なぜ?
いろいろと分からないことだらけだ。
しかし、内心で頭を抱えている私とは裏腹に、なおもエリアーナは陶酔したような顔をして言い募る。
「本当はベルンハルト皇太子の神聖魔術をトレースしようと思ったのですが、貴女の魔術を見て気が変わりました」
ベルンの神聖魔術をトレース?
「俺の神聖魔術だと?」
バラのアーチからベルンが姿を現す。
「ベルン!?」
ベルンは私を背に庇うように立つと、エリアーナと対峙する格好になる。
「マリエ、この頭のおかしな子供と知り合いか?」
ひどい言われようだが、エリアーナの言動は私も理解できないから、頭のおかしな子供にしか見えないか。
「いいえ。違います」
とりあえず、否定しておこう。
「そうか。ならば良い。おい! お前は何者だ? どうやってここに入り込んだ?」
「ベルンハルト皇太子まで現れるなんてついているわ。ラッキー!」
きゃっと飛び上がってエリアーナは喜んでいる。
「まるで話がかみ合っていない。バカなのか? この子供は」
そう。エリアーナはこういう子なのだ。男性の前では自分を可愛く演出する。
ふとした仕草が可愛く見えるのか、一度目の人生ではエドアルトやその側近たちはエリアーナに夢中だった。女性には徹底的に嫌われていたが。
「まあ、ひどいです。わたしはバカではないですよ」
ぷうとエリアーナは頬を膨らませる。
「バカではないのであれば、名前くらい名乗ったらどうだ?」
「うふふ。わたしはエリアーナ・ラトレイアーと申します」
たどたどしいカーテシーをしながら、エリアーナが名乗る。もうラトレイアー子爵家に迎えられたのか。
「ラトレイアー? カルクシュタイン王国のラトレイアー子爵か?」
「あら? 父をご存じですか? 知名度が低いのに。さすがは一国の皇太子様ですね」
またもやあざとい仕草をするエリアーナだ。
「ラトレイアー子爵は未婚のはずでは?」
訝し気に私が問うと、エリアーナはふふんと鼻を鳴らす。
「まもなく、ママ。じゃなくてわたしの母と結婚する予定です。それに父はわたしを認知してくれています」
「それで、ラトレイアー子爵令嬢はどうやってここに入り込んだのだ? 他国の貴族といえども皇宮への出入りを許可されていないはずだ」
「知りたいですか? うふふ」
「ああ、知りたいとも。どうやって不法侵入をしたのかをな」
ベルンは苛立っている。警戒心が殺気に変わっていた。
私ですらピリピリとした空気が伝わるのに、よく平気でいられるな。この子。案外大物なのか?
「鳥さんになって飛んできたんですよ」
はい!?
お花畑の妖精さん? 登場です。