32.スローライフを送りたい
クレイナからクリュタリオン帝国までの道程は、近衛騎士団が護衛をしてくれることになった。
国から伴ってきた護衛たちはベルンが完全に治癒をしてくれたのだが、念のため二、三日クレイナで休息を取らせることにしたのだ。
「これは俺が贈った猫か? 何だか毛並みが変わってきたな」
私はベルンと一緒にクリュタリオン帝国の馬車に乗り換えた。両親とは別の馬車だ。
ここから先は婚約者同士で仲良くということだろうが、いらぬ気遣いだと思った。
「ルナは猫ではなくて騶吾です。虎に似た瑞獣ですから、大きくなるにつれて黒い縞模様が混じってくるはずです」
ルナはまだ普通の猫サイズだが、白い毛並みに黒い縞模様が混じってきている。耳も何だかフォルムが丸くなってきた。
「ふうん。まだ大きくなるのか?」
ベルンが喉を撫でてやると、ルナは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。ルナはベルンによく懐いているのだ。やはり助けてくれた人間を覚えているのだろうか?
「ラシード様から聞いたのですが、成獣になると、虎より一回り大きくなるそうですよ」
「それで、そちらがエドアルト王子からもらった犬か?」
ベルンが目を向けると、シルヴァーはぷいとそっぽを向く。助けてくれた人間に似たんだな。
「犬ではなく、フェンリルですが……」
「……マリエは普通ではないもふもふに懐かれやすいんだな」
確かに……。
エンシェントエレメンタルドラゴンのルリアに精霊のブラン(フクロウ)。騶吾のルナ(猫)とフェンリルのシルヴァー(犬)。
私がスローライフを一緒に送りたいと思っていたもふもふたちは見事に揃った。
だが、ちょっとスローライフは送れそうにない。何せ順調に行けば、未来の皇太子妃だ。
「皆、寿命が長いので一緒にいられる時間が多くて嬉しいですけれどね」
人間より寿命が短い犬猫との別れはそれは辛くて悲しい。
日本にいた頃、通っていた猫カフェで「〇〇ちゃんは先月虹のたもとに行ってしまったんですよ」なんて聞かされた日には涙が止まらなかった。
ふと、気になったことがある。
「ベルンは魔人なのですよね。神の血を継いでいるわけですから、普通の人間より寿命が長いのですか? 姿はずっと若いままとか?」
私が疑問を投げかけると、ベルンは一瞬きょとんとした後、ぷっと吹き出した。
「そんなわけがないだろう。魔人と言っても人間だ。少しばかり魔力が強いだけで、それ以外は普通の人間と変わらない」
魔力は少しばかり強いではない。桁違いだ。
「そうなのですね」
私はほっと息を吐く。寿命が違うのは仕方がないとしても、ずっと若いままのベルンの隣で一人老いていくのは嫌だった。姿形が醜くなるのが嫌ではなく、彼を置いて旅立ってしまうのは申し訳ない気がしたのだ。
「何だ? ほっとしたか? 安心しろ。死が二人を別つまでではなく、死んでも離すつもりはないからな」
「えっ! あの世に行っても一緒ということですか?」
死後の世界でも俺様男子に引っ張り回されるのか!? それはご免こうむりたい!
「まあ、あの世とやらがどのようなものかは知らぬが、もし死した後の世界があるとしたら、やはり一緒にいたいと思うだろうな。何せマリエといると飽きない」
「何ですか? それ。だいたい、私たちはまだ子供ですよ。このような話をするのは早いと思いませんか?」
「それもそうだな」とベルンは楽しそうに笑った。
私はまだ転生したばかりなのだ。もうしばらくは人生を楽しみたい。
七歳と五歳の子供の会話ではないです。