29.エドアルトへの忠告
私はまもなく六歳の誕生日を迎える。
クリュタリオン帝国とカルクシュタイン王国の関係は良好で、今のところ第三次クレイナ戦役が起こる気配はない。
一度目のように第三次クレイナ戦役が起こるとしたら、そろそろ両国間で何かが起こるはずなのだが……。
『願いの洞窟』で手に入れた石の効果なのだろうか?
赤い石は今、私の胸元で輝いている。赤い石『ドラゴーネ・サーブル』はベルンがペンダントに加工して、プレゼントしてくれたのだ。
ベルンも同じようにペンダントに加工した『ドラゴーネ・サーブル』を身に付けているらしい。
「マリエルの番だぞ。何をぼうとしているんだ?」
そういえば、エドアルトとチェスをしている最中だった。次の手を考えていたら、たまたま『ドラゴーネ・サーブル』が目に入ったせいで、別の方に思考が飛んでしまったのだ。
「ちょっと考え事をしていたの」
「ふうん。ベルンハルトのことか?」
「違うわよ」
エドアルトとはチェスで遊んでいるうちに、いつしか砕けた口調で話をするようになった。
「お前、もうすぐクリュタリオン帝国に行くんだよな? 婚約式なんて代理に任せればいいじゃないか」
一週間後に私は両親とともにクリュタリオン帝国へ赴くのだ。
「そういうわけにはいかないでしょう。クリュタリオン帝国の皇帝陛下からの招待なんだから」
ベルンの頼みであればちょっと考えたかもしれないが、皇帝直々の招待だ。断れば両国間の関係にひびが入るかもしれない。
それにクリュタリオン帝国がどういうところなのか興味があるので、行ってみたいという好奇心もあるのだ。
「つい最近まで敵だった国だぞ。無謀すぎるだろう」
「ベルンハルト殿下は無謀にも我が国に来てくれたじゃない」
まあ、ベルンに限って危険な目に遭うとは思えない。何せ彼は神の血をひく魔人だ。
「そういえばあいつとチェスの決着がついてないんだよな」
「まだ諦めていないの?」
「当たり前だろう。あ! お前を賭けてという意味ではないからな」
国王陛下にこってり絞られたせいだろう。エドアルトは取ってつけたように言い訳をする。
「今度私を賭けの対象にしたら、ぶっ飛ばすわよ」
「……そういうところが気に入っているんだけどな」
ぼそりとエドアルトが呟く。
「えっ? 何か言った? はい! チェックメイト!」
「げっ! また負けた。もう一回勝負だ!」
今のところ三勝一敗で私がリードしている。
「いいわよ。もう一回だけね。エドはそのうち王太子になるのよね?」
「そうじゃないのか。僕は第一王子だからな」
他人事のように言っているが、将来エドアルトは十二歳で立太子することになる。
「じゃあ、そのうち高位の貴族令嬢とお見合いすることになるわね」
「僕はまだ七歳だぞ」
「お茶会という名目で引き合わされることになるわよ。覚悟しておきなさい」
自分の娘を将来の王太子妃にしたい貴族は山ほどいるはずだ。
一度目の人生では私が六歳でエドアルトの婚約者になったので、高位貴族は内心舌打ちをしたことだろう。
「面倒だな。マリエルが僕の婚約者になればいいのに」
「私はベルンハルト殿下の婚約者だから無理よ」
「あいつより先にプロポーズしておけばよかった」
駒を並べながら、エドアルトは口をへの字に曲げる。
「ああ、そうだ。従兄妹のよしみで忠告しておくわ。聖女には気をつけなさい」
「聖女? うちの国にはいないだろう」
今はね。そのうち現れるのよ。エリアーナ・ラトレイアーがね。
エドアルトはおバカそうですが、そうではありません。