2.マリエルの誕生日パーティー
私は今、自分が転落した場所を見に来ている。
崖下をそっと覗き込むとくらりとめまいがする。
「うわっ! こんな所から落ちたんだ。よく助かったな」
お母様が治癒魔法で治療をしてくれたとはいえ、発見した時には瀕死の状態で危なかったとのことだ。
全く覚えていないのだが、両親と散歩している最中に起きた事故らしい。
両親が目を離した隙に好奇心で崖を覗き込んで足を滑らせて落ちたとか、そんな感じだろう。
日本で流行っていた転生ものでは、病気や事故で死にかけた時にふと前世を思い出すというのがテンプレだったが、まさか自分が体験することになるとは思わなかった。
「ぴるるる……」
ルリアが私と同じように崖下を覗き込んで震えている。
「ふふふ。ルリアも怖い? でもルリアはドラゴンだから飛べるのよ」
「ぴ?」
首を傾げるルリア。
ルリアは自分がドラゴンではなく人間の子供だと思っているのではないだろうか?
「姫様! こんな所にいらっしゃったのですか!?」
血相を変えたソフィアが慌てた様子で駆け寄ってくる。乱れた息を整えると、仁王立ちになった。
「やっと見つけましたよ! また落ちたらどうなさるのですか?」
「反省するためにちょっと見てみたくて……ごめんね、ソフィア」
上目遣いでしおらしく謝ると、ソフィアは言葉に詰まる。
マリエルは子供の頃から可憐な容姿だ。
前回はそれを利用してわがままし放題だったが、二度目は良い子でいようと思う。
しかし、子供らしく振る舞うのは大変だ。
「……あまり一人で行動されませんように。今夜は姫様のお誕生日パーティーです。そろそろ支度をされませんと! さあ、お部屋に戻りましょう」
「うん。行こう、ルリア」
「ぴぃ!」
今夜は私の誕生日パーティーが開かれる。と言っても家族だけの内輪のパーティーだが……。
本当は私が崖から転落した日に開かれるはずだったのだが、あんなことになってしまったので延期されたのだ。
テーブルには豪勢な料理が並んでいる。
「お誕生日おめでとう、マリエル。今日はマリエルの好物をたくさん作ってもらったのよ」
宮廷に出仕しているお母様はいつも帰りが遅いのだが、今日は早めに帰ってきたらしい。
「ありがとう、お母様。わあ! 大きいケーキね」
特別に作らせたであろうケーキは二段で生クリームがたっぷり使われていて、フルーツがたくさん乗っている。
「マリエル、誕生日おめでとう。マリエルのためのケーキだ。全部食べてもいいんだぞ」
「お父様、ありがとう。こんなにたくさん食べられるかな?」
鞠絵だった頃はこんな風に誕生日を両親に祝ってもらったことがなかったのだ。
父親は給料を全部ギャンブルにつぎ込んでは負けて、足りなくなれば借金をしていた。
また、女癖が悪く浮気を繰り返していたのだ。
当然、家計は火の車で母親はパートに出ていた。しかし、母親は父親の借金や浮気で精神的に疲れ果てていたのだ。そのはけ口として私は虐待を受けていた。
小学生の頃から慣れない家事をやらされ、遊ぶことは許されなかったのだ。少しでも手抜きをしようものなら殴る蹴るの暴行をされて体中に痣ができた。
ある日、耐えられなくなった私は家を飛び出して母方の祖父母の下に逃げ込んだ。
事情を聞いた祖父母は両親には任せられないと親権を取り上げ、私を育ててくれた。
就職してからは祖父母へのサプライズで家のリフォームをしようと必死に貯金をしたのだ。
交通事故に遭った日は建築士とリフォームの最終確認をして、来月から着工されるはずだった。
ちなみに建築士との相談の後、猫カフェに行く予定だったのだが……。
リフォームされたら、犬と猫をお迎えしたかったな。可能であればフクロウも……。
「マリエル? どうしたの? 料理が口に合わなかった?」
しんみりとしていた私にお母様が心配そうに声をかける。
私ははっと我に返った。つい鞠絵としての人生を振り返っていたらしい。
にっこりと笑顔を向ける。
「ううん。おいしいよ」
「そう。浮かない顔をしていたから、どうしたのかと思ったのよ」
「ええと……しあわせだなと思って……」
きょとんとした両親が互いに顔を見合わせる。
「何を言っているんだい? マリエルはこれからもっと幸せになるんだよ」
そうだった!
鞠絵としての祖父母には孝行できずに逝ってしまって申し訳ないけれど、これからの人生を考えないといけない。
まずは第三次クレイナ戦役でお母様が死なないためにどうすればいいのかを考えないと!
そもそもお母様が死ななければ、王太子と婚約しなくてもすむのだ。
ああでもない。こうでもないと考えていると、突然轟音が聞こえる。
轟音の正体は!?