1.ドラゴンを手に入れた
それにしても何故もう一度マリエルに生まれ変わったのか分からない。
神様のいたずらかしら?
はっきり言って、一度目のマリエル・ローゼンストーンは最悪な『悪役令嬢』だった。
金髪碧眼の美しい容姿ではあったが、虐めはするわ、殺人未遂はするわ、ろくでもない人間だったのだ。
とても神様の慈悲を受けられるような人間ではない。
尤もそうなるように仕向けられたのだけれど……。
性悪な聖女エリアーナによって。
大陸の二大国の一つであるカルクシュタイン王国の貴族であるローゼンストーン大公家。
その大公家の一人娘として生を受けたマリエルこと私は、六歳の時にこの国の第一王子エドアルトの婚約者となった。
理由はお母様の娘だからだ。
お母様は偉大な魔術師で、カルクシュタイン王国の宮廷魔術師長を務めている。
一度目の人生のことになるが、私が六歳の時にもう一つの大国であるクリュタリオン帝国との戦争が勃発した。第三次クレイナ戦役の始まりだ。クリュタリオン帝国とカルクシュタイン王国は長い年月何度も戦争を起こしている。
お母様は自ら志願して、後方支援の魔術師団長として出兵した。
だが、戦時中、森で魔物に襲われている少年を庇ってお母様は命を落としてしまったのだ。
しかし、この出来事が幸いして第三次クレイナ戦役は終戦に導かれた。
なぜなら、お母様が助けた少年はクリュタリオン帝国の皇太子ベルンハルトだったからだ。
和平を申し出てきたのは、他でもないクリュタリオン帝国の皇帝だった。
終戦の地クレイナにて両国間で和平条約が結ばれ、第三次クレイナ戦役は終戦したのだ。
両国間に和平をもたらした女英雄。敵国の皇太子を助けた偉大な魔術師。
『クレイナの奇跡』それがお母様を称える言葉となった。
そのお母様の娘であれば、やがてカルクシュタイン王国の王太子になるエドアルト王子の婚約者に相応しいということで王命により婚約が結ばれた。
ところが、お母様の娘でありながら私には大した魔力がなかったのだ。
おかげでついたあだ名が『ポンコツ公女』。
「悪役令嬢はハイスペックのはずよね?」
「何か仰いましたか? 姫様」
水差しをベッドサイドのテーブルに置いた侍女のソフィアが訝し気な顔をする。
「なんでもないわ。ところでソフィア。私はなぜこんなものを抱えているのかしら?」
目覚めたばかりの私の両手には卵の形をした何かが握られている。何かは大人の拳くらいの大きさだ。
「どうにも姫様が離さないので、大事な物だろうということでそのままにしておくようにと公妃様から仰せつかりました」
「そうなの?」
確かに瑠璃色のきれいな石のようだが、なぜか温かい。
今まで私が握っていたのだからかもしれないが、どんどん温かくなっていってる気がする。
しげしげと観察していたら、ピシィ! と石にヒビが入った。次第にヒビは大きくなり、やがて割れた。
「ぴぎゃあ!」
石から何かが顔を出す。いや。生まれた!?
お母様が頬に手をあてて何やら考え込んでいる。
いきなり何かが生まれたので驚いたソフィアがお母様を呼びに行ったのだ。
私はというと、お母様が駆けつけてくるまで唖然としていた。
「ドラゴン……かしら?」
私の懐にいるものを見てお母様がそう結論づける。
どうやら私が抱えていたのは、ドラゴンの卵? だったらしい。
「ぴぎゅ?」
卵から生まれたドラゴンが首を傾げている。
「かわいい」
子猫くらいの大きさのドラゴンは瑠璃色の体躯で耳が天使の羽のような形をしている。翼はまだ小さい。そして、つぶらな瞳をしていてとても可愛い。
ドラゴンはすりすりと私に体を擦り付けて甘えてくる。
「あらあら。マリエルを親だと思っているのかしら?」
いわゆる刷り込みというやつである。最初に見た物を親だと認識するあれだ。
「きゅいきゅい!」
それにしても可愛い。私自身幼女なのだが、母性愛に目覚めてしまいそうだ。
まあ、十八年生きた記憶と二十五年生きた記憶があるから精神的には大人なわけだが……。
「おかあさま、私がこの子をそだてたい!」
何やら離れがたくなってしまった。
「ドラゴンを育てるなんてとんでもありません!」と言われると思いきや――。
「そうね。まだ生まれたばかりだし。珍しい種類のドラゴンのようだし、このまま放してしまうと狩られてしまうかもしれないわね。いいわ。こうしましょう」
いくつかの条件の下、ドラゴンを育てることを許可された。
「なまえをつけないと……う~ん。ルリアなんてどうかしら?」
「きゅい!」
雄か雌かは分からない。女の子みたいな名前だけれど、ルリアは嬉しそうに鳴いたからよしとしよう。
こうして、私はドラゴンを手に入れた。
マリエルはドラゴンを手に入れた!