17.ベルンハルトとマリエルのお見合い
クリュタリオン帝国からカルクシュタイン王国までは馬車でおよそ十日ほどの道程だ。
両国とも国土が広いので、それくらいの日程がかかるのだ。
一日もかからず両国間を行き来できるエンシェントエレメンタルドラゴンや転移魔術を使えるどこぞの皇太子がおかしいのだと思う。
お父様からベルンハルト皇太子との婚約の話を聞いてから一週間後にやつはやってきた。普段は転移魔術で来るくせに、日をかけて正規ルートでわざわざやってきたのだ。どうりで最近姿を見せないはずだと思った。
表向きは友好のために訪問にきたということになっている。しかし、実は私との婚約を結びにきたのだ。
非常にまずい。個人同士であれば断れるのだが、正式に国王陛下を通じて婚約打診をしてきたのだ。
どうやって婚約を回避しようかと考えあぐねているうちに、まずはお見合いをということでベルンハルト皇太子が我が家に訪問してきた。
両親がおもてなしをしている間、私は侍女たちの手により徹底的に磨きあげられたのだ。
朝早くから叩き起こされて、半分うとうとしながらお風呂に入って溺れかけるわ。
ドレスを着せられ髪を結われて、身支度をするだけで疲れてしまった。
何よりもふもふたちと触れ合えない!
これというのもベルンハルト皇太子のせいだ!
「初めまして。マリエル公女。とても可愛らしい婚約者で嬉しいよ」
当の本人は爽やかな笑顔を浮かべてしれっとそんなことを宣う。会うのは初めてじゃないでしょう! 何で初対面なふりをしてんのよ!
内心で悪態をつきながら、私は笑顔でカーテシーをする。
「お初にお目にかかります。ベルンハルト皇太子。お会いできて光栄にございます」
周りでは「まあ可愛らしいお二人でお似合いですね」などと賛辞の言葉が飛び交っているが、本人たちは狸と狐の化かし合いだ。
「マリエル、皇太子殿下に庭園を案内して差し上げなさい」
これはお若い二人でというやつだ。満面の笑顔を浮かべているお母様の隣で、お父様は悲壮感を漂わせている。
護衛と侍女には少し離れて付き従ってもらう。
「まさか正攻法でいらっしゃるとは思ってもみませんでした」
庭園の花を見るふりをしてこっそりとベルンハルト皇太子に嫌味を言う。
「こうでもしなければ、君は俺との婚約を断り続けるだろう?」
国王陛下を通じて婚約を打診してきたということは、ほぼ決定事項だ。だが、抵抗はさせてもらうことにする。
「だからといって、私が婚約をお受けするとでも?」
「俺と君が婚約すれば、長年争ってきた両国が仲良くするきっかけになるかもしれない」
予想はしていたけれど、国を盾にするか!
しかし、ベルンハルト皇太子との婚約で第三次クレイナ戦役は回避できるかもしれない。
「私が婚約をお受けすれば、カルクシュタイン王国へ戦争をしかけないとお約束していただけるのでしょうか?」
「マリエルは争いごとが嫌いなのか?」
「戦争が起これば民が傷つきます。大切な人を喪って悲しむ者が出ましょう」
「前にも言ったが、父上も俺もカルクシュタイン王国とは友好関係を築きたいと思っている」
それでも確約はできないということだ。
皇太子が直接婚約を結びにきたのだ。大公家の娘に生まれた以上、わがままは言えない。思い描いていたスローライフは諦めなければならないか。しかしだ!
「……クリュタリオン帝国に嫁いだとしても、好きなように過ごさせていただきますので、その辺りはご了承くださいませ」
「マリエルの好きなようにすれば良い。動物をたくさん飼っても構わないし、キャンプをしても構わない」
正直、皇太子妃などという肩書きは重くて敵わない。例えベルンハルト皇太子が好きに過ごしても構わないと言っても周りがそうはさせないだろう。
それでも私のライフスタイルに文句を言わせないようにしたいものだ。かの国へ嫁いだら、ひとまず洗脳でもしてみるか?
「それと……皇太子殿下が真実の愛に目覚めた場合は私は潔く身をひきますので、遠慮なく仰ってください」
「真実の愛? 何だそれは?」
エドアルト王子が聖女エリアーナに心変わりした時に言われた言葉だ。
ベルンハルト皇太子が別の女性に心変わりした際には喜んで身をひくことにしよう。
そして、私はもふもふたちとスローライフをするのだ。
ついに皇太子との婚約とあいなりました。