13.皇太子からの贈り物
チェスの対戦はなかなか白熱した勝負となった。
六回目の対戦をエドアルト王子に挑まれた時、大人たちの会合が終わったらしく両親が私を迎えに来てくれた。
国王一家に暇乞いをすませ馬車へ向かおうとしたら、ふいにエドアルト王子に呼び止められる。
「おい! マリエル」
私と同じ碧い瞳に悔しさが含まれているのが見てとれた。
チェスで私に負けたのが悔しかったのだろう。と言っても、三回勝負のうち私が勝ったのは一回だけだ。尤も彼は全勝する気だったらしいが。
「何でしょうか? 殿下」
エドアルト王子は拳をぐっと握ると、そのまま前に突き出す。
「僕が教えてやったチェスのルールを忘れるなよ。次は一勝もさせないからな!」
ほほお。次回も勝負をしようと? 良かろう。受けて立ってあげましょう!
「もちろんですわ、殿下。次も一緒にチェスをしましょうね」
私はにっこりと笑顔を浮かべる。
ふふふ。一度目の私と同じだと思うなよ。
日本人で鞠絵として生きていた頃、祖父から将棋を教わったのだ。祖父は近所の将棋クラブに通っていてそれはもう強かった。私は一度も勝ったことがない。
祖父と比べれば、エドアルト王子は弱い。まあ、将棋ではなくチェスだが。
「ああ、約束だぞ」
エドアルト王子はにっと笑う。
一度目は彼とこんなやり取りをしたことはなかった。
特に恋愛感情があったわけではないが、もう少し彼に寄り添っていたら、一度目の人生は違うものだったかもしれない。
翌日、当たり前のようにベルンハルト皇太子が私の所へ遊びにやってくる。
いつもと違うのは、白い子猫を連れていることか?
「どうなさったのですか? その子猫」
「お前への贈り物だ。受け取れ」
ぶっきらぼうに手で子猫の首根っこをつかんで私の方へ差し出してくる。「猫づかみ」というやつだ。私は慌てて子猫を受け取った。
「乱暴になさらないでください。子猫がかわいそうではありませんか!」
「木に登って下りられなくなったところを助けてやったのだ」
ベルンハルト皇太子は両手を組んで得意気に言い放った。人の話を聞いていないな。
子猫はみゃあんと鳴くと、小さな前足で私の髪をつかむ。おもちゃだと思っているのだろう。
それにしても……。
かっ! 可愛い! 何!? この可愛い生き物!
私が子猫に夢中になっていると、不機嫌そうな声が飛んでくる。
「おい! 俺に何か言うことはないのか?」
「えっ? ああ。ありがとうございます。名前は何にしようかな?」
子猫の性別は? あっ! 女の子だ。
「金色の瞳がお月様のようにきれいだから、ルナはどうかしら?」
返事をするようにみゃあんと鳴くので、ルナにしよう。
「ルリア、ブラン、新しい家族のルナよ。よろしくね」
ルナをルリアとブランに紹介する。
「きゅい!」
「ホッホー!」
ルリアとブランが「よろしくね」とルナに挨拶をするように鳴く。
「子猫を連れてきたのは失敗だった」
ベルンハルト皇太子がぼそりと呟く。
「何か仰いましたか?」
「……いや」
『木に登って下りられなくなった子猫』を助けたんだ。私が言ったことを気にしているのかな?
だからと言って、俺様系男子は好みではない。
少し見直した程度だ。
マリエルは猫を手に入れた。




