12.エドアルト王子との再会
「マリエル・ローゼンストーン! 貴様との婚約を破棄する!」
一ヶ月後に結婚式を控えていたとある夜会での出来事だ。
突然、エドアルト王子が私との婚約破棄を宣言した。
「何を仰っていますの? エド」
私は突然突き付けられた婚約破棄を受け入れることができず、戸惑いがちに問い返す。
「貴様のエリアーナに対する仕打ちにはもう我慢がならぬ! 聖女であるエリアーナを虐げるとは何事だ!」
「……虐げるとは?」
「とぼける気か? 証拠はあるのだぞ。エリアーナを娼婦の娘だと罵ったそうだな?」
それは本当だ。エリアーナはラトレイアー子爵と元高級娼婦であった女との娘なのだから。
「まだあるぞ。夜会でエリアーナのドレスにワインをかけたらしいな?」
それも私がやった。人の婚約者にちょっかいをかけるから、懲らしめてやろうと思ったのだ。
「茶会の席でエリアーナのカップに毒を盛ったな?」
それは知らない。友人という名の取り巻きの誰かの仕業かしら?
「暗殺者を雇った覚えはあろう?」
下町のゴロツキを雇ってちょっと脅すように依頼はしたが、あれは暗殺者ではないだろう。
「エリアーナ嬢に少々嫌がらせをしたことは認めますが、殺そうとはしておりません」
「黙れ! 全て貴様の悪行であろう! 衛兵! この女を牢へ連れて行け!」
エドアルト王子の影に隠れてエリアーナが笑みを浮かべている。嘲りを含んだ嫌な笑みだ。
あれのどこが聖女なのだ。人の婚約者を誘惑する性悪女。覚えがない罪を捏造したのもあの女の仕業だろう。
王宮の衛兵が私を捕えようとする。
「無礼者! 下がりなさい! 私はローゼンストーン大公女ですよ!」
一喝すると衛兵たちはびくりと身を震わせ、動きを止める。
「何をしている! 早くマリエルを捕えよ!」
エドアルト王子の命令で躊躇しながらも動いた衛兵によって私は捕えられた。
王宮へ向かう馬車の中で私は窓の外を見ながら、一度目の人生を思い出していた。
捕えられた後、あれよあれよという間に国外追放になったのよね。
お父様はあの後どうなったのだろう?
お母様が亡くなった後も頑として再婚をしなかったから、私が国外追放されて一人きりになってしまったはずだ。
それにしても一度目の私は本当に物語に出てくるような悪役令嬢だったな。小説や漫画に出てくる悪役令嬢はヒロインに嫌がらせをするのよね。大抵、最後には断罪されてヒロインは王子様と結ばれるけれど……。
「マリエル、何を考えているんだい?」
対面に座るお父様に問いかけられる。
「ううん。お腹がすいたなと思って……」
お父様はポケットに手を入れるとチョコレートボンボンを取り出して、私に差し出す。
「晩餐までまだ間があるからね。これを食べるかい?」
「わあ! ありがとう、お父様」
ラシードたちの前では取り繕う必要はないが、両親の前では子供らしく振る舞わないといけない。
お父様からチョコレートボンボンを受け取ろうとすると、お母様がそれを遮る。
「いけません! 晩餐が食べられなくなってしまうわ」
「マリエルはお腹を空かせているんだ。可哀そうだろう? 一つくらいいいじゃないか」
お母様は子供のしつけに関しては厳しいのだ。ここは言うことを聞いた方がいいだろう。
「いいの。お父様。晩餐まで我慢するわ。きっと豪華なデザートが出てくると思うの。それを楽しみにしているわ」
お父様はしゅんと項垂れる。お母様は勝ち誇ったようにふふんと鼻を鳴らす。
ローゼンストーン大公家にお嫁に来たお母様だけれど、力関係ではお母様の方が上なのだ。
豪華な晩餐に舌鼓みを打っていると、ふと視線を感じる。
エドアルト王子が胡乱な目で私をじっと見ていた。
二度目の人生でエドアルト王子と会うのは初めてだが、向こうは私と会うのが初めてではない。
従兄妹同士なのでそれこそ赤子の時からの付き合いなのだ。
子供の頃は、この一つ上の従兄とそれなりに仲が良かった。
まだ、何もしていないしされてもいない。これからも何もするつもりはないし、なるべく関わらずにいようと思う。
晩餐が終わると大人たちはサロンへと移動していった。大人のつきあいというやつだ。
カードゲームをしながら、世間話をするのだろう。世間話と言っても、国の情勢や他国の動きについてだ。
両親が戻ってくるまで、私はエドアルト王子と遊ぶことになった。
果実ジュースを飲みながらソファに座っていると、エドアルト王子に声をかけられる。
「なあ、お前変わったな」
どきっとする。まさかこいつも二度目の人生とか言わないよね!?
「えっ? どこがですか?」
違うかもしれないので何も知らないふりをしよう。
「いや。前はクロワッサンみたいな髪をしていたよな?」
クロワッサン? ああ、巻き毛のことか。
良かった。様子見をしておいて。
一度目の私は自慢の金髪を毎日コテで巻いていた。いわゆるドリルヘアーというやつだ。
勿体ないことをした。せっかくきれいなストレートの金髪なのだ。素材は生かした方がいい。
二度目はドリルヘアーにはしないと決めた。
「この髪型は似合いませんか?」
ちょっと上目遣いで反対に質問をしてやる。
「い、いや。そちらの方がいい」
エドアルト王子はちょっと戸惑いがちにそう答えた。
「殿下。チェスでもしませんか?」
「お前、チェスができるのか?」
一度目の私は頭を使うゲームが苦手でチェスなどやったこともなかった。
「少しですが。分からなくなったら、殿下が教えてください」
「ああ、分かった」
日本の将棋と似たようなものだ。違いは取った駒が使えるかどうかだ。何とかなるだろう。
クロワッサン、美味しいですよね。