9.皇太子に求婚された
爆風に吹き飛ばされた私は木の枝に引っかかった状態でどうやって降りようか悩んでいた。
「どうしようかしら? 木の枝を切るにしても高いのよね、ここ」
この木は樹齢数百年はありそうな古木で、しかもかなり高いところに引っかかってしまった。枝を切って下に飛び下りるというのは無理そうだ。
「きゅ~い!」
小さな影が私の下にやってくる。ルリアだ。
「ルリア!」
「きゅきゅい!」
ルリアは引っかかった私を持ち上げようと奮闘している。
「ルリア、無理よ。貴方はまだ小さいのだから。ラシード様かレイリさんを呼んできて」
「きゅいきゅい」
首を横に振るルリア。
私を助けようとしてくれているルリアの気持ちはありがたいのだが、私より小さいルリアでは持ち上げるのは無理だ。
ふいに地響きがする。ズシンズシンという音は次第に近づいてきた。
「モンスターかしら? ルリアは離れていて!」
「きゅいきゅい!」
またもや首を振るルリアは私のそばを離れようとしない。
「行って! 私は大丈夫だから」
下を見ると、体長四メートルくらいのトロールが私を見てにやりと笑っている。動けない人間は格好の獲物だ。
大きな鼻と尖った耳をしているトロールは醜悪な容姿をしていた。
トロールは知能は高くなく、動作が鈍い。だが怪力だ。捕まってしまえば五歳児の私などひとたまりもない。
「さてどうしよう? 風の刃で切り裂いてもトロールは再生能力が高いのよね」
悩んでいる間にもトロールは木を登ろうとしている。
迷っている暇はなさそうだ。首を切断してしまおう。
魔術を発動しようとしていたまさにその時――。
トロールの首がきれいに切断された。誰かが魔術を放ったのだ。
「何をしているんだ? トロールに食われる気か?」
木の下から飛んできた声はベルンハルト皇太子のものだった。
ベルンハルト皇太子に助けてもらい、私はようやく木の上から下りることができた。
「あの皇太子殿下。助けていただきありがとうございます」
嫌がるルリアを説得してラシードたちを呼びに行ってもらう間、木のうろに身を隠すことにした私たちだ。互いに向き合い、静かに座っている。
さすがにここで決着をつけるという無謀なことはしない。
「……ベルンでいい。親しい者はそう呼ぶ」
「私たちは今日会ったばかりで親しくはありませんが?」
「可愛げがないな。マリエルと言ったか? 年はいくつだ?」
「五歳です」
ベルンハルト皇太子はそれまで持っていた木の枝をぽろりと落とす。
「五歳だと? 俺の弟は五歳だがもっとバカだぞ。お前のように大人びていない」
ひどい言われようだ。弟さんが気の毒である。
「世の中にはいろいろな五歳児がいるということです」
私はやれやれと肩を竦める。
「変な五歳児だな。だが、お前といると飽きなさそうだ。俺の妃にならないか?」
「嫌です!」
「即答か? 皇太子妃だぞ?」
「そんな重責のある地位はますます嫌です。私はもふもふたちとスローライフをするのが夢なのですから」
お母様を助けることができたら、もしくは第三次クレイナ戦役を止めることができたら、私はスローライフを送ると決めているのだ。
「皇太子妃の仕事など下の者にやらせれば良い。お前は皇太子宮でのんびりスローライフとやらを送ればいいだろう」
「そんなわけには参りません! 皇太子妃はしっかりと役目を果たしてこそ、その地位にいられるのですから。そもそも、私などには務まらない役目です」
「……そうでもないと思うが? 断られるとますます手に入れたくなる」
「諦めてください」
外で羽音がする。どうやらラシードたちが来てくれたらしい。
皇太子は諦めていない模様……。




