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カネよさらば(下)

 私はジェシカに夢中なり,結婚しました。いわゆるできちゃった婚というやつです。

 両親はジェシカとの結婚には大反対でしたが,孫が生まれることから納得はしないまま諦めたという感じでした。ジェシカは,フィリピンのファミリーのために毎月3万円をサポートして欲しいというので薄給の中から送金することにしました。

 子供が生まれるとすぐにジェシカはもといたパンパブで働きたいと言いました。子供はどうするのかと聞くとフィリピンの母親に預けるというのです。私はせめて子供が赤ん坊のうちは仕事を止めて子育てに専念してくれるものとばかり思っていました。ところがジェシカはどうしてもピンパブで働くといってきかないのです。私の両親に預けるわけにもいかず,生まれたばかりの子供は,フィリピンに住むジェシカの母親が育てることになりました。 

 ジェシカの給料は5万円から15万円になりました。今は廃止になりましたが,当時の興業ビザから配偶者ビザに変わり,日本人と同じ待遇で働くことができるようになったからです。

 夫婦と子供の生活費は私が全て負担していました。ジェシカは給料の全てをフィリピンの母親に送金しました。物価の違いを考えると,当時の15万円はフィリピンでは100万円の価値があります。そんなにも仕送りする必要があるのかと疑問に思いましたが,給料日には,嬉嬉としてウェスタンユニオン(銀行を介さない送金業者)に走るジェシカには何も言えませんでした。

 そのうち2人目の子供が生まれました。私はこの子だけは日本で育てたいと強く言いました。ジェシカは,ファミリーへの毎月の送金額を10万円にしてくれるなら店をやめてもいいというので,私は渋々承諾しました。が,それでは生活は成り立ちませんでした。

 盆と暮れに栃木の実家に里帰りしたときは,日本語がペラペラであるにもかかわらず,「ワタシ ニホンゴ ヨク ワカリマセーン」と言って,両親の話も聞く耳持たず,ひたすらスマホをいじっていました。私たちの目の前でいきなりフィリピンのファミリーとビデオチャットを始めることもありました。ジェシカにとってのファミリーは本国のファミリーだけだったのです。

 2人目の子供が生まれた頃,子供を私の両親に預けて,最初の子供に会うためフィリピンに行きました。ジェシカのファミリーはトンドという貧困地区に住んでいました。両親は離婚しておらず,無職の父親がいました。ジェシカは9人兄弟の長女で,母親は10人兄弟,父親は11人兄弟でした。おじ,おば,いとこだけで200人になるという計算になります。

 ジェシカは母親が10代で妊娠したそうです。そのハウスに住むファミリーとはシングルマザーのおばとその子供が3人,ジェシカの弟とその妻子,シングルマザーの妹とその子供が住んでいました。合計11人です。大人は全員無職でした。ジェシカはその全員のために結婚後も店で働いていたのです。

      *****

 私がハウスに泊まった日の夜、親族とか友人と名乗る人たちが押し寄せてきました。ジェシカはその全員に小遣いを渡していました。

 二日目の夜にはファミリーでパーティーをしようというので歓迎会でもしてくれるのかと感動しました。街のレストランに行くとファミリーとは名ばかりでフレンズと名乗る人たちが数珠つなぎのように途切れることなくやってきました。まるでブレーメンの音楽隊です。到底食べ切れる量ではない食べ物を注文し飲み食いしてカラオケをしていました。いざ支払いの段になると残った食べ物を全てテイクアウトして蜘蛛の子を散らすように誰もいなくなました。仕方なく、私が支払いをする羽目になりました。その時は、フィリピンでは歓迎される者が金を払うのが習慣なのかと思いました。そんなことはないのですが。

 ハウスでファミリーの様子を見ていると、長女のジェシカは妹と弟に対して絶対的に優位な態度をとっていました。生活費を払ってるのだからそうなんだろうと思いました。しかし、生活費をもらっているジェシカの母親はジェシカに対してまるで君主のように振る舞うのです。まるでゴッドマザーです。。日本に出稼ぎに行くようジェシカに命じたのもゴッドマザーでした。しかも,ジェシカが日本に来たのは16歳の時です。おばの長女が21歳だったため,その名前を使ったそうです。そのコはお世辞にも美人とはいえなかったため,ゴッドマザーがジェシカに命じて日本で働かせたのです。

 ジェシカのおばと名乗る女の子供の中にジェシカと瓜二つの女の子がいました。後にその子はジェシカの子供であることを知りました。ジェシカもシングルマザーだったにもかかわらず,ファミリー全員で私を騙していたのです。今から思えば,結婚はしていないというジェシカの言葉は嘘ではありません。未婚の母というだけだったからです。




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