あしあとを追いかけて
古ぼけた学校の体育館で、顔馴染みの部員との紅白戦。
キュッキュッっと鳴る靴底、ドンドンと響くドリブル。
表面の磨り減ったバスケットボールは滑りやすく扱いづらい。
一部、映らなくなってしまっている電光掲示板の表示が、わかりづらく残りの時間を教えてくれる。
ブーっとそこだけ本格的なブザー音に驚いて、私は手にしたボールを思わず投げた。
狙ってもいない、慌てて投げただけのボールはリングをくぐり抜ける事もなく、私のチームに逆転勝利も、もたらしはしなかった。
「全体的に積極性がかけてる。最後のブザービーターは良かったが、入らなければ意味はない。レギュラーはまだ決めていないので、全員、頑張ってくれ」
監督に誉められはしたが・・・。
フゥと溜め息をついて私はこの浮わついた状態の原因を思い出しながら、モップかけを始めた。
☆
カサリと小さな音がした。
朝、それなりに余裕を持って登校し開けた下駄箱の中で。
上履きの上に原因はあった。
漫画でしか見たことのないピンクの便箋。
慌ててポケットに押し込んだけれど、顔に血がのぼっていった。
ドキドキと、何かが耳元でうるさい。
寒いはずの冬の廊下がやけに熱く感じる。
「どしたの?」教室に入ると友人が、すかさず私に聞いてくる。
気のおけない、話しやすい友人だが、言葉を省略しすぎるのが玉に傷だ。
「なぜ貴方は、チャイムが鳴るまでまだ時間があるのに、汗だくで赤い顔なのですか?」
おそらく、そう聞きたいのだろう。
きらきらと好奇心にきらめく瞳が「絶対に聞くまで離さん」と言っている。
友人と話すのは楽しい。
「いや、聞いてよ。下駄箱の中にさ・・・」
想像で軽やかに話して、現実で黙る。
話すのは簡単だ。
でも、まあるい文字で「今日、部活終わりに旧校舎の裏で。待ってます」
簡潔な文章に、複雑な気持ち。
悪戯でないのなら軽々には扱えない。
「これには深い理由があって・・・」
頭よ回れ。回って導け。友人が納得するストーリーを。
友人の前の席につきながら、私はゆっくりゆっくり机に鞄の中身を移し始めた。
一限目、二限目、三限目。
当然、授業に身は入らない。
休み時間のたびに教室中、開いたドアから誰かが覗いていないか見回してしまう。
誰かが、もしかしたらこの中の誰かが、私に手紙をくれたのだ。
誰かがこっちを見てないか? 誰かと目が合わないか?
いかん、いかん。
また友人に怪しまれる。
ジトリとした圧力を後ろの席から感じる。
絶対に目は合わさん。
振り返れば確実に合ってしまう視線を私は無視する。
そんな、こんなで放課後。
弱くもなく強くもなく。
お遊びでもなければ、全国大会に行ける実力もない部活で汗を流す。
本当は部活をほっぽり出して旧校舎の裏に行きたかったが、手紙の内容が私を押し留めた。
ダンダンダン、ポロ。
ダン! ガン! ガン!
「集合! 紅白戦やるぞ」監督が練習も終わりに近づいた時間に言い出す。
普段なら部内でも試合は楽しいし、望むところなのだが・・・。
今日はだけはやめて欲しかった。
「赤チームは・・・! 白チームは・・・! 呼ばれて無い者も気を抜くな。他人のプレーで学べ!」
出場選手に選ばれた。
見学なら適当にごまかして抜け出そうと思っていたのだが。
仕方ない。頑張ろう。
以上が、今日の私の状態異常の理由だ。
☆
冬の太陽は落ちるのが早い。
体育館の照明を消してみんなと別れる。
「あれ? 今日は裏門から帰るのか?」
「ああ、ちょっと頼まれ事が」
隠し事があると言い訳が増える。
内心で後ろめたく思いながら、私は旧校舎の裏に走る。
走る、走る、走る。
グラウンドを突っ切り、裏門へと続く旧校舎の角を曲がれば・・・。
誰も居なかった。
そうだろう。紅白戦の開始時には今も降っている、白いものがチラついていた。
そうだろう、仕方ない。
待たせた私が悪い。
悪いのだが・・・。
開いた膝に手をついて倒れそうな体をささえて息を整える。
思わず、ソレを飲み込んだ。
足跡が始まっている。
建物に繋がっていない足跡はホラーだ。
足跡を残した存在は、天から降ったか、地から湧いたか。
一筋の足跡が他に何もない地面から始まっている。
人は普通、足跡を残さず雪の上を歩けない。
でも、今回はカラクリがすぐわかる。
降る前から立っていて、足跡が残るほど雪が積もってから歩きだしたのだ。
私は足跡を追いかける。
靴のサイズは私より小さい。
私は足跡を追いかける。
歩幅も私より狭い。
私は足跡を追いかける。
足跡はそう深くない。
私は足跡を追いかける。
むしろ逆に浅く、儚く続いていく。
私は足跡を追いかける。
滑りそうな階段で構わずに段を飛ばして降りながら、足跡よ増えるなと願いながら。
見えた。足跡の先に小柄で華奢な姿が。
振り返る。私の騒がしい足音で。
・・・、・・・。
見つめ合う、無言で。
不意に相手が右手を振りかぶる。
うん、待たせた私が悪い。
長い人生、一度ぐらいほっぺたに手の跡を貼り付けるのもいいだろう。
覚悟し、目を閉じた私の頬に、相手の震える冷たい手が優しくふれて。
火照って赤い顔と熱を持っている心に、ひんやりとした白い手形と消えない思い出を残してくれた。