遠い思い出
「どうぞ。アイリ様もまもなくお目覚めになるでしょう」
ミーナはそう言うとファビアーノを残し、部屋を出て行った。
一人残されたファビアーノは、寝室へ入ろうとして躊躇い、結局は隣の部屋にいる事にした。起きて突然いたら、驚いてしまうだろうと思ったから。
というのは建前で、本当は、自分の心の準備が必要だったからである。
ファビアーノは落ち着かない様子で、部屋を行ったり来たりしている。ひとまず落ち着こう、と何度も椅子に座るが、気がつけば再びそうしているのだった。
気を紛らわそうと、一旦バルコニーへ出てみる。この部屋は、エヴェリーナが産まれた部屋でもあった。エヴェリーナを抱いたマリッカと、こうやって海を眺めていた事を思い出す。
今の自分を見たら、きっと笑うだろう。何をやっているのですか、情けない、と。その声が本当に聞こえてきそうで、思わず笑みが零れた。
しばらく経って室内に戻っても、アイリのいる寝室の扉は閉ざされたままで、相変わらず何の気配もない。
少し様子を見てみるべきか、と思ったファビアーノは、ふと、窓辺の机に置かれた物に気がついた。
近寄ってみると、それは便箋だった。アイリの綺麗な字が目に入る。
「手紙?」
また子供たちにか、と手に取ったが、宛名に目を瞠った。親愛なる国王陛下へ、と書かれてある。
ファビアーノは少し躊躇って寝室に目を向けてから、やはり何の気配もない、と思うと、便箋に目を落とした。