水の泡とするには惜しい
ただ、それを素直に口にするのは癪だ。
そう思ったファビアーノは、腕を組み、言い訳を考える。本心では、心配で仕方なかったが。
この半年というもの、手紙ですらアイリと言葉を交わしていない。自分に非があるとはいえ、一通くらいくれても、と思わなくも無かった。
「アイリから手紙の一通もないぞ。子供たちには来るのに」
不機嫌さを取り繕って言うと、従者はため息を吐いた。やれやれ、と呆れたように首を振る。
「陛下。何を子供のような事をおっしゃっているのです。会いに行けばいいでしょう。謝罪も直接なさいませ」
尤もな意見だ。
小さい頃から自分を知る従者には、自分の思いなどお見通しなのだろう、とファビアーノは小さな笑みを浮かべる。
ファビアーノがさんざん言い訳を考えていたのは、怖かったからという一言に尽きる。アイリはもう二度と、自分に笑いかけてくれないのではないか、という恐れを抱いているからなのだ。
だが、いつまで逃げても、答えが出る訳もない。分かっていたのだが、こんなに時間がかかってしまった。
失ってからでは遅い。
アイリが湖に落ちたあの日に、そう思ったはずなのに。
「……そうだな。エヴァルドを呼べ」
「え?」
思っていた返事と違った従者が、珍しく驚いて目を丸くする。
「戻っているだろう。早くしろ」
さっさと行け、と言うと、従者は大人しく出て行く。一人残ったファビアーノは大きく息を吐き、祈るように目を閉じた。