知らぬは本人ばかり
瑪瑙の宮の書庫で、マティアスが本を読んでいると、王の従者がやって来た。
「マティアス殿下。アイリ様からお手紙ですよ」
「ほんとう?見せて」
ぱっと顔を輝かせたマティアスに笑い、手紙を渡す。陛下もこれくらい素直であれば、と思わずにいられない。
会いたいくせに、あちらから連絡があるまでは、と意地を張っているのだ。わざわざ手紙を検分しているところに来て、自分宛で無いと分かると肩を落とすのに。
それを思い出した従者は、見ようによっては素直なのか、と考えを改めた。
気まずい、と思っているのだろうが、そろそろしっかりしてもらいたい。手紙の真偽がどうこうというものは、ただの言い訳でしかないのだから。
そんな風に心中でため息を吐きながら、熱心に手紙を読んでいるマティアスを見つめる。
瑪瑙の宮で暮らすようになり、接点が増えた王子を、従者は気に入っている。
臣下の身でその言い種はない、と言われそうなので、口には出さないが。少なくとも、他人の前では。
「王妃様はお元気そうですか?」
「うん。もう元気だって。僕もエヴェリーナも、風邪を引かないようにって」
そう言うと、マティアスは大事そうに手紙をしまった。しかし、従者を見上げた瞳は、不安そうに揺れている。
「アイリ様、戻って来るよね?」
問いかけられ、従者は何とも言えない顔をした。