幸せを願うのは当たり前
「それにしても、あの小さくてお転婆だったアイリちゃんが、母親になるなんて。不思議な気持ちね」
「お母様はおばあ様です」
「ふふ。そうね」
嫌になっちゃう、などと言いながらも嬉しそうに笑うヴェロニカを、アイリは静かに見つめる。たった一人で、遠い異国からやって来たヴェロニカ。最初は右も左も分からず、心細かったのではないだろうか。
「……お母様は、お父様のどこをお好きになったのですか?」
ふと思い付いて、アイリはそう聞いてみた。
「どうしたの急に」
「今まで聞いたことが無かったので」
その言葉に柔らかな笑みを浮かべて、ヴェロニカは考えるように顎に手を当てて、軽く首を傾げる。
「そうねえ。わたくし、実家はそれなりの家とはいえ、ここでは貴族でも何でもなくて。それに留学生だったでしょ。だから距離を置かれていたというのか、浮いた存在だったみたい。けれどお父様はね、真っ直ぐわたくしに接してくれたの。言葉は違うけど、一生懸命。だからかしらね」
微笑みながら話すヴェロニカは、まるで乙女のようだ。そしてアイリは、そんな母にいつも憧れていた。今の自分は、母のようになれているだろうか。
そんな事を考えているアイリに、今度はヴェロニカが質問をする。まるで、自分だけ話すのは不公平だ、とでも言いたげに。
「あなたは?陛下のどこが好き?」
「え、何故急に、そんな」
「今まで聞いたことが無かったから」
まったく同じ言葉を言われて、アイリは苦笑した。それから目を閉じて、これまでの事を思い返す。
最初に思い出したのは、湖に落ちた日の事だ。目を覚まして最初に見た、苦しげな表情。呼び掛けた時の、泣きそうな笑顔。
あの時にアイリは初めて、この人を愛している、と思ったのだ。それまでの好きという感情ではなく、愛しているのだと。
「私は……。ひたむきに、真摯に国民に接する姿が好きです。それから、たまに見せる少年のような笑顔と、優しい声。少し臆病なところも……」
「アイリ。陛下が大好きなのね。こっちまで照れちゃう」
「聞いたのはお母様でしょう」
「そうね。けど、それが確認できて安心したわ」
そう言って笑う姿に、心配をかけていた事を謝ると、ヴェロニカはただ一言、あなたが幸せならいいわ、と答えたのだった。