希望を自ら砕く
「家族総出で説得したみたい。でも、最後は、お母様の涙に負けたと書いてあるわ」
それには、長年仕えるミーナが納得して頷いた。
アイリたちの母ヴェロニカは、レトニアに留学生として訪れていた。その時、同じく学生であった侯爵がかき口説き、妻にしたのである。
結婚して数十年経つ今でも仲の良い夫婦であり、侯爵は尻に敷かれているのでは、と言われるほど、妻に弱かった。泣かれた時は特に。
そんなやり取りを目撃した事のあるアイリは、楽しそうに笑う。
「見てみたかったわ。お父様が狼狽えるのは、そういう時だけだものね」
「何はともあれ、良かったですね」
「ええ。会ってみたかったわ」
笑って頷くアイリに、ミーナが顔を曇らせた。まるで、一生会えないかのような口ぶりである。
「ですが結婚式くらいは陛下もお許しに」
「駄目よ。都に行くまで大変だもの」
それは事実ではあるが、本当の理由ではない筈だ。
そう思ったミーナの心を読んだかのように、アイリは微笑みを浮かべる。
「そんな顔しないで。私は平気よ。でもそうね、この子が生まれたら、頼んでみるわ」
その日が来るかどうか、アイリにも分からない。アイリは口元に笑みを浮かべ、反論を封じ込めるように目を閉じた。
そうして、起きて数時間しか経っていないにもかかわらず、すやすやと眠りに落ちて行く。最近のアイリはいつもこうなのだ。
だから、ミーナや侍女たちは仕方なさそうに笑って、静かに下がっていく。