旅立ちは密やかに
そうして、アイリは王宮を出て、郊外にある離宮へと向かう事になる。まだ夜明け前の、静かな朝だった。見送りはマティアスとエヴェリーナ、そして、ファビアーノの従者である。
夜明け前の出立はアイリの希望でもあり、ファビアーノの希望でもあった。昼日中に追い出されるように後にするよりも、ひっそりと旅立った方が外聞も立つ。アイリの離宮への移動は、体調不良による療養なのだから。
ファビアーノは自分の部屋から、静かにその様子を見下ろしていた。一瞬アイリが顔を上げて目が合った気がしたが、すぐに気のせいだろうと思い直す。実際、その瞳はすぐに子供たちへと移った。
マティアスとエヴェリーナの前に膝を突いたアイリが、微笑みながら何か話している。そして一人ずつ抱き締めると、ミーナと共に馬車に乗り込んだ。
子供達が手を振って、それを見送っている。
それから馬車は門を潜り、あっさりと王宮から遠ざかっていった。それを眺めながら、それも当然かとファビアーノは自嘲する。追い出したのは自分なのだ。
あの時、エヴァルドを呼ぶ事も考えたが、果たして、自分がその言葉を信じられるかが分からなかった。アイリと結託して、自分を嘲笑っているのではないかと思うと、それも出来ないのだった。
しばらくして、扉がノックされる。
ファビアーノは、まるで今まで窓の外なんて見ていなかった、とでも言うように椅子に座って本を広げてから、返事をした。我ながら何と滑稽な事か、と少しだけ苦笑して。
入って来たのは、見送りを終えた三人である。
「行ったのか?」
白々しく問いかけると、マティアスが不機嫌そうな顔になり、何も言わずに、啜り泣くエヴェリーナの手を引いて出て行った。
従者は二人を見送ってから一歩進みでると、封筒を手渡してきた。何の飾り気もない、真っ白な封筒である。
「何だこれは?」
「王妃様からお預かりしました。お手紙です」
見ればわかる、と思いながら封を切る。何が書かれているのか、と思えば。