どうかそれを許して
寝室の隣の書斎で書き物をしていたアイリは、遠慮がちなノックの音に顔をあげた。
二人を寝かしつけていたミーナが戻って来たのか、と思いながら顔をあげて返事をする。
「どうぞ」
しかし、姿を見せたのはマティアスであった。そろそろと部屋に入って来る様子に、微笑みを浮かべて立ち上がる。
「まだ起きていらっしゃったのですか。もう眠って構いませんよ」
いつもは眠っている時間だから、眠たそうに目を擦っていたけれど、扉の前から動く気配はない。
そもそも、寝かしつけていたミーナはどこに行ったのか。
マティアスは何か言いたそうに、アイリをじっと見つめている。その顔がファビアーノにそっくりで、アイリは少し驚いた。
しばらくしても口を開かないマティアスに、アイリが首を傾げた時。意を決したように、マティアスが言った。
「でも、そうしたら、僕たちが眠ってる間に、行ってしまうのでしょう?」
「殿下……」
図星だったアイリは、気づいていたのか、と目を瞠った。出発は早朝。あまり目立たない時間に、王宮を出ることになるだろう。当然、二人は眠っている。
そんなアイリを見つめる瞳に、じわじわと涙が浮かぶ。
「本当は、僕たちが嫌いになったから、出て行くのでしょう?」
「何故そんな」
「だって病気には見えないもの」
しゃくりあげながら言うマティアスに、アイリは微笑んだ。いつも、おとなしい王子と言われるが、感情がないわけではない。
たまに、マリッカに似たのか、気が強いと感じる事もあるが、誰よりも優しい王子なのだ。
アイリはマティアスの手を引いて、一緒にソファに座った。少し向かい合うように座り、マティアスの涙を拭いながら、口を開く。
「殿下。私はあなた方を、本当の子供のように思っています。大好きで仕方ありません。嫌いになんてなれませんよ」
「じゃあ、父上が嫌いになったの?」
マティアスの言葉にアイリは驚いた。そこに考えが飛ぶとは。少しして、アイリは微笑みながら首を振る。
「いいえ。嫌いではありません。ただ、少し、分からなくなりましたけど」
その言葉に首を傾げたマティアスだったが、それには何も言わず、別の事を口にした。
「一緒に眠ってもいい?エヴェリーナも連れてくるから、三人で。それに、お見送りもする」
アイリが笑って頷くと、マティアスは喜んで部屋を出て行く。あんなにはしゃいで、明日起きれるかしら、と思いながら、アイリはそれを見送っていた。