嘆きと後悔
「……っ」
静まり返った寝室に、アイリの啜り泣きが響く。シーツに顔を埋めて、さめざめと泣いている。ファビアーノの姿はなく、一人きりだ。出ていく間際、何か言っていたような気もするが、アイリはそれを跳ね除けた。
あのように心を踏みにじられ、屈辱的な事があった後でそのまま、はいそうですか、と納得できるような人間が、一体どれだけいるというのか。少なくともアイリは、そんな心を持ち合わせてはいない。
「もう、嫌……。どうして……」
何かが音を立てて崩れていくようだ。これまで積み重ねてきたはずの何もかもが、無意味になったかのように思えてくる。もはや修復など出来ないに違いない。そんな思いがアイリの中から溢れては、夢のように消えてゆく。
しばらくそうしていると控えめに扉が開き、不安顔のミーナが姿を見せた。ミーナは静かにベッドまで近づくと、その傍らに膝を突く。そしてそっと労わるように、その背中に手を置いた。
「アイリ様……」
ぴくり、と反応したアイリはゆっくり顔を向けると、泣きながらミーナを見つめる。どれほど泣いたのか、真っ赤に腫れた目をしていた。幼い頃にもこんな風に泣いていたアイリをミーナが慰めていたものだが、さすがのミーナも今回ばかりはかける言葉が見つからない。
「……ミーナ。私、もう信じられないわ。何も、陛下でさえも。だって、どうして? あんな文章ひとつで、私を疑うの? どうして私の話を、聞いてくれなかったの?」
泣きながら言葉を紡ぐアイリに、ミーナは胸が痛むのと同時に王への憤りも感じる。アイリの愛を疑う余地が、どこにあると言うのだろう。あの幸せそうな笑顔を見れば、どこから出たかもわからぬ文書などあったところで、一笑に伏せるというものだろうに。
天地がひっくり返ってもあり得ないが、そんな事実があればアイリが隠し通せるはずもない。素直で心優しいアイリに、国王を欺き通せるはずもないのだから。ミーナはそれを百も承知であり、ファビアーノとて知っている筈である。
もっと建設的に、話し合う事は出来なかったのか。ファビアーノがしたのは、アイリの人格を否定する行為だ。いくら夫でも、簡単に許される事ではない。嫉妬心などに振り回されず、泰然自若とした国王でいて欲しかったものだ、とミーナは心中で呟く。
「ねぇ。私、これからどんな顔で陛下にお会いすればいいの……?」
そんな風に嘆くアイリを見つめながら、これから伝えなければならない事は、もしかしたらよい事かもしれない、とミーナは思う。ミーナにとっては、アイリこそが何よりも大事な主である。相手が王といえども、こんな風に泣かせるなんて、許せなかった。