それでも
アイリはざっとそれに目を通した後、みるみる目を見張って、ファビアーノから奪い取るようにそれを手にした。目を疑って何度読み返しても、内容は同じ。線で引いたような几帳面な文字が、アイリを責め立てている。手紙を持つ手が震え、紙がぐしゃりと音を立てた。
あり得ない。そう思った。こんな事、ある筈が無い。だって自分はこんなにも、ファビアーノの隣で幸せなのに。第一、エヴァルドにそういった慰めを求めた事など、アイリはこれまで一度も無かった。頭を過った事すらない。それは逃げであると知っていたのだから。
エヴァルドの事は好きだ。けれどそれは友人として。アイリの中でそれは確定事項で、揺らぐことは無い。ファビアーノに対しても、自分の思いが伝わるようにと接してきて、今のこの幸福があったはずだ。それなのに。
泣きそうになりながら、しかし決して涙は零さず、アイリはその紙を打ち捨てるように床に投げ捨てた。手紙の件を黙っていたのは、確かに自分に非がある。けれど、これはあんまりではないだろうか。
ファビアーノは無感動に、その様子を眺めている。その姿は、信じてくれていなかったのか、というアイリの悔しさと怒りを掻き立てるには、十分過ぎるほどだった。
「こんなっ……! こんなでたらめを信じたのですか!? 私がそんな女だと? 私があなたを欺くような真似をすると? 私がこんな、私がっ……、エヴァルド様だって、こんなことをするような……!」
「来い」
突然、ファビアーノはアイリの手を取り、無理矢理引きずっていく。その先にあるのは寝室だ。
つい最近も来た場所であり、安らげる場所でもある。しかし、こんな風には行きたくない。アイリは必死で踏み留まろうとしたが、ファビアーノの力に敵うはずもなく……。
「痛っ、離して、くださ、きゃっ」
ベッドの上に放り投げるようにして手を離し、馬乗りになったファビアーノが、アイリを見下ろしながら問う。
「お前は誰の妻だ」
アイリは僅かに潤んだ瞳で、ファビアーノを見上げた。たとえ望まぬ状況でも、答えが変わる事は無い。
「……もちろんあなたです、陛下」
「ならば、なおさらそれを分からせてやらねばならんな」
「ゃ、待って……」
服に手をかけられたアイリは身を捩るが、ファビアーノの手は緩まない。今度こそ、アイリの瞳から涙が零れ落ちた。
「お前に拒否する権利は無い。エヴァルドの事など、忘れさせてやる」
そう言うとファビアーノは、嫌がるアイリの首筋に顔を埋めた。