突然の嵐は花を枯らす
――そうして、二カ月が過ぎたころ。
その日は唐突に訪れた。まるで嵐のように。
アイリがいつものように、真珠の宮でマティアスとエヴェリーナと過ごしていた時である。何の前触れもなく、申し訳なさそうな顔の従者ラウロがやって来て、瑪瑙の宮へおいで下さい、と告げたのだ。
ラウロは詳しい説明をせず、アイリを連れ出した。常の落ち着きがないようで、速足で瑪瑙の宮への道を辿る。その慌てたような様子に、もしや家族に何かあったのでは、と心配しながら早足で向かったアイリは、そのまま王の私室に通された。
そこは、私室でも仕事が出来るようにとこざっぱりとした部屋で、中央に机が置かれている。机の上に置かれた紙束にどこか見覚えがあるような気がして、アイリは少しだけ不思議に思った。
そしてその机の向こうに、ファビアーノは座っている。初めて見る、無表情な顔で。黙りこくって腕を組んでいるその様子は、感情を抑えているようにも見えた。
不安そうな顔のままその正面に立ったアイリは、ファビアーノが口を開くのをしばらく待った。しかし、一向に話し出す気配がない事に堪えきれず、おずおずと口を開く。
重々しい沈黙が、アイリの胸を軋ませた。
「あの、陛下?何があったのですか?」
「……聞かなくとも、心当たりがあるのでは無いか?」
言葉の意味が分からず、アイリは首を振る。何の心当たりかさっぱりだ。ひとまず、家族に何かあった訳では無いと、胸を撫で下ろすが。
ファビアーノは一度静かに目を閉じると、アイリを見つめながらゆっくり口を開く。
「お前は今でも、エヴァルドを好いているのか?」
「まあ。誰がそんなことを?」
「否定しないんだな」
何故そうなるのか、と思ったアイリだったが、その瞳に浮かぶ怒りに気がつき、息をのむ。これは駄目だ、と瞬時に悟った。物分かりが良すぎるのがアイリの悪い癖だが、そう思ってしまうだけの雰囲気がファビアーノにはある。
「……そうして、信じてくれるのですか?」
何を言っても聞いてはくれない。そんな予感を覚えてしまうくらいには、アイリの勘は悪くないのだ。
「いや……、こんなものを見てしまってはな!」
そう言いながら、ファビアーノはアイリに紙の束を投げつけた。アイリは息を詰めて咄嗟に顔を背けるが、散らばった紙が容赦なく叩きつけられる。
幸い、それほど痛くは無かったが、それ以上の衝撃がアイリにはあった。ひらひらと床に舞い落ちてくるのは、何通もの便箋である。