戸惑いは隠しきれない
再び深いため息をつくアイリを、ミーナが心配そうに見つめている。ミーナは、一番近くでアイリとエヴァルドの様子を見ていた。だから心配にもなるというもの。
前国王が決めた政略結婚とはいえ、二人は仲が良かった。それが恋なのかどうかは当の本人たちにもわかってはいなかったが、相性が良ければ問題はない、とザヴィカンナス侯爵は考えていた。
二人が初めて顔を会わせたのは、アイリが十五歳、エヴァルドが十六歳の時。初めこそぎこちなかったものの、お互いに乗馬が好きだということで、すぐに打ち解けたのである。
ふわふわした黒髪と柔和な瞳をしたエヴァルドは、その見た目通りの優しい男だった。いつも口元と目元に浮かべられた微笑みは、人懐っこい印象を与えてくれる。
一緒にザヴィカンナス家の庭園を散歩している時など、アイリの笑みは幸せそうとしか言えないもので。ミーナは、そんな様子を見ているのが好きだった。アイリの幸せは、ミーナの幸せでもあるから。
それが突然引き離され、その兄と結婚する事になるとは、気持ちの整理がつかぬのも無理はない。しかし、ここに来てしまった以上、引き返せないのだ。その事は、アイリもよく分かっている。分かってはいるのだが。
心の整理は、簡単にはついてくれない。
「……エヴァルド様に会いたい」
「アイリ様!」
そう呟いた言葉に、ミーナが目を見開いた。さすがにその言葉は聞き流せなかったようだ。咎めるような口調だが、それはアイリを思ってこその言葉だと分かる。
「そのようなことは言ってはなりませぬ」
「あの方は、私を薄情な女だと思ったかしら」
「それは……」
それはない、とミーナはすぐに思った。王妃に召し出したのは国王であるし、エヴァルドは優しい。乳母であるミーナや使用人たちにも、いつも丁寧に接してくれていた。祝福はしても、恨むことはないだろう。
けれども今ここで、そう言って慰めていいものか、とミーナは迷う。相手を思っての慰めも、時には心を抉ってしまう。アイリはそんなミーナの心中を察し、苦笑した。ここで弱音を言っても、何も始まらない。
もうここに来てしまったのだ。あとは、受け入れていくしかない。
「冗談よ。私は王妃になるの。私の夫は国王陛下よ。六歳も年上だから、まずはどういう方か知らなくてはならないけれど。忙しくなるわね」
アイリは笑って言ったが、ミーナには無理をしているように見えた。実際その通りではあったが、ミーナは何も言うことは出来なかった。
代わりに、アイリがゆっくり休めるようにと、お茶の支度をするために下がっていった。