過ちはすぐそこに
アイリを篭絡してこちらへ引き込み、マリッカを追い出そうと考えたのだ。どうせこんな小娘を王が相手にするはずもないのだから、ならせめて自分の為に働いた方がきっと幸せだわ、などという親切心のつもりで。
陛下が来ないのはマリッカがいるからで、本当は自分の元に来たいのだ、と。病的なまでに、そう思い込んでいた。侍女たちもそれに賛同してくれて、オネルヴァは満足していたが、知らないことがひとつある。
とっくにもう、侍女たちは諦めていた事を。
五年間一度も訪いが無い王妃など、これまで聞いたことが無い。これでは見捨てられたも同然、オネルヴァにはもう王妃としての価値は無い。だから侍女たちが選んだのは、主人をよい気分にさせておくことだった。
これに嫌気が差して辞めた者もいたが、何の問題もない。オネルヴァは小さな子供のようなものだ。当たり障りなく、笑顔で接していればいい。時折癇癪を起す事もあるが、一日経てば忘れている。
父侯爵や家族からの手紙も、マリッカがアイリ一人を何度も真珠の宮へ招いていることも、オネルヴァから遠ざけた。そうする事で余計な波風を立てずに済む上、王宮での優雅な暮らしが出来る。慣れてしまえば、侍女たちにとってこれほど楽な事は無い。
そんな事は露ほども知らないオネルヴァは、マリッカが亡くなった時、きっと運が巡って来たのだわ、と浮かぶ笑みを抑えられなかったほどである。
しかし、そこでまた予想外の事が起こった。またしてもオネルヴァには、まったく意味が分からない事実。
あんな小娘の何処がいいのか。自分の方が相応しいではないか。いや、きっとあの女に騙されているのだ。その思いに取り憑かれたオネルヴァは、来る日も来る日も、アイリを貶める算段をしていた。
そんな時である。
エヴァルドと親しげに話すアイリの姿を見て、これだ、と思ったのだ。オネルヴァの目には、マティアスもエヴェリーナも映っていない。
二人きりでしばらく話し込む、二人の姿があるだけ。
これで王も目を覚まし、自分の元へ来るようになるだろう、とオネルヴァはほくそ笑んだ。
口から漏れていた笑いは次第に大きくなり、最後には高笑いとなって、瑠璃の宮に響き渡る。しかし、反応する者はいない。
次第にオネルヴァがおかしくなり始めた事を、侍女たちは気がついていたからこそ、いつものように、そっとしておく事にしたのである。
けれど、当の本人は自分の考えに酔いしれ、高らかに笑い続けていた。