いなくなった少女
エヴァルドは普段庁舎で仕事をしているが、貴族と王の調整役である彼は、王宮と行ったり来たりすることが多い。玻璃の宮へ、サインの必要な書類や貴族からの要望書を届けたり。謁見の日程を調整したり、と。
そんなエヴァルドはある日、仕事へ向かう前に庭園を散歩しようと外に出たところ、アイリを見つけたのである。右手はマティアス、左手はエヴェリーナと繋ぎ、庭園を歩いていた。美しい花が咲く庭園に、彼らの姿がしっくりくる。
子供たちの楽しそうな笑い声が、エヴァルドの立っている場所まで聞こえてきた。気が強かったと聞くマリッカの子供たちの養育も、上手くいっているようでほっと胸を撫で下ろす。アイリに子供たちを託したマリッカの選択は、間違ってはいなかったのだ。
アイリが慈愛に満ちた微笑みで、子供たちに何かを答えているのが見え、その姿にエヴァルドは、不意に亡き母を思い出した。エヴァルドの母は争いを好まず、優しく穏やかな女性だった。あんな笑顔で、よく話をしてくれたものだ。
母を思い出した事に苦笑するが、それほど三人が本当の親子に見えるからか、と一人で納得する。いつか同じ場所で会った、心細げな少女はもういないのだ。二人の養母となってから、もしくはファビアーノと心を通わせ合った日から、アイリは立派な女性へと成長した。
今でも手紙は時折交わしているが、数は減り、内容は二人の話がほとんどになった。マティアス殿下がいかに賢い子か、エヴェリーナ殿下がいかに愛嬌のある子か。その文字ですら、楽しげな様子が伝わって来るものだ。
その事に、エヴァルドは安心した。彼女はもう大丈夫だ、と。泣いていないだろうかと心配する必要は、もう何処にも無い。彼女を慰めるのは、この手では無いのだから。
アイリを王妃に召し出すと聞いた時は、多少ファビアーノを恨みもしたが、今のエヴァルドには何の遺恨もない。アイリの幸せそうな姿を見られたのなら、自分には愁いの一つもなく。今の願いはアイリが王の隣で幸せである事、ただそれだけ。そしてそれは今まさに、叶っている。
次の兄王陛下の誕生日には絵を贈ろう。あの幸せそうな三人を描けば、きっといい絵になる。それか兄王も交えて、家族の肖像としてもいい。兄王が時折見せる後ろめたさも消せるように、彼らの幸せを願っているのだと伝わるように。
「あ、おじうえ!」
そんな事を考えていると、舌足らずのような声で呼ばれて、エヴァルドは微笑んだ。エヴェリーナが手を振って、駆け寄ってくる。