安堵の吐息
扉の前から引き上げて来た侍女たちに、居間で待ち構えていたミーナが口を開いた。アイリが湖に落ちたと聞いてから、他の侍女たちに宥められる程、ミーナはずっとそわそわとしていたのだ。
「どうでした? アイリ様は?」
「お目覚めになられたようですわ」
そう聞いてミーナは安堵した表情を浮かべる。張り詰めていた緊張が、一気に解けていくのを感じた。
そのせいか、ふらついてしまった体を、侍女の一人が支える。
「ミーナさん、こちらにお座りになって。もうひとつ、嬉しいお知らせがありましてよ」
楽しそうな彼女に首を傾げる。すると他の侍女たちもやって来て、近くに腰を落ち着けた。
働きなさい、と言いたい所だが、気になるものは気になる。子供達は部屋で寝かしつけているし、夕食の支度にはまだ早い。
そう結論付けて聞く姿勢になったミーナに、彼女は微笑みながら口を開いた。
「陛下とアイリ様がようやく、お互いにお気持ちを確かめ合ったのですわ」
それが盗み聞いた事だろうとは、容易に想像がつく。しかしあえて流す事にして、ようやくですか、と苦笑する。
他の侍女たちも同じ気持ちだったようで、口々に口を開いた。
「本当に。いつもやきもきしていたもの」
「ね。こちらから見ていても、お二人は相思相愛なのに」
「どこか遠慮がちだったから、心配だったくらいよね」
侍女たちは、いつになったら夜のお召しの支度が出来るのか、と、今か今かと待っていたのである。
この思いは、真珠の宮の侍女たちも同じだった。元主のマリッカが気に入ったのだから、嫌う理由はどこにもない。
それに何より彼女たち自身、アイリが好きになっていた。あの優しく素直な人柄に、惹かれずにいられようか、といった風情である。
「マリッカ様もよく言っていらしたわ。いつになったら、アイリ様を瑪瑙の宮へ呼ぶのかしら、と」
「あら、それはいつの話?」
「まだ誰にも病気の事を言っていない時に。マリッカ様は、アイリ様が陛下の寵姫になれるかどうかを、見ていらっしゃったの。そして、二人の子供達を、任せられるかどうかを」
「ではもしかしてあのお茶会は、そういう意図があって……?」
「ええ。瑠璃の方だけだったらどうしようかと思っていた、と言っていた事もありましたね」
「そんなに前からもう、先の事を見据えていらっしゃったのね」
途端にしんみりしてしまった空気を変えようと、黙って聞いていたミーナが口を開く。
「その思いに応えるために、私たちも頑張らなければなりません。きっとこれから、さらに忙しくなりますよ」
ミーナの言葉に侍女たちは笑って、嬉しそうに頷いた。