自覚する想い
「大したことじゃない。ただ、謝ろうと思ってな」
「何を謝るのですか?」
アイリには全く見当もつかない。自分が謝るなら解るが、謝ってもらう事なんて、あるはずがないと思っている。ファビアーノは、大体の事はそつなくこなす。謝られるような迷惑を被った事なんて、ただの一度もない。
そもそも、夫である前に国王であるファビアーノが謝るというのだから、よっぽどの重大事件でもない限りないのではないだろうか。首を傾げているアイリに、ファビアーノは躊躇いがちに口を開いた。
「最初に会った日、俺がまず何と言ったか、覚えているか?」
そう問いかけられて、アイリは記憶の糸を手繰る。一年前の輿入れの日の事を。緊張しながら謁見の間に足を踏み入れ、初めて国王たるファビアーノと正面から顔を合わせたあの日。
長いこと経った気がしていたが、まだ一年ほどなのだな、と同時に思う。この一年は、アイリにとって濃密な一年であった。マリッカと接する事で自分の思いに気が付いて、幸せだと思っている今、苦々しく思いながら輿入れした事が嘘だったように感じる。
「……珍しい髪色だと、おっしゃいました」
そのあと自分が何と言ったかも、きちんと覚えていた。今思うと、よく言えたものだと思う。あの場で不敬罪に問われても、文句は言えなかった台詞だ。あの時さらりと流してくれたファビアーノに、アイリは感謝したいと思った。
アイリがそう言うと、ファビアーノはゆっくり頷く。アイリの髪に触れながら、静かな声で言葉を紡いだ。まるで、許しを乞うように。
「それがずっと気にかかっていた。あの舞踏会の夜、その髪色で俺はアイリを知った。輝くその髪を、美しいと思った。気が付けばラウロに問うていたんだ。彼女を王妃として召し出すことは可能か、と。俺のたったそれだけの一言で、エヴァルドとの婚約を破棄させて、王妃に召し出した」
髪色が理由だとは、最初からアイリも気がついている。しかし、面と向かって言われると、胸がチクリと痛んだ。やはり自分は、お飾りの王妃にしか過ぎないのか。それを謝りたいのか、と。
来たばかりの頃は、それに安堵したかもしれないけれど。どうせなら、もっと早く言って欲しかった。第一王妃になっても以前と何も変わっていない。アイリの気持ちが変わっても、応えてくれる人がいなければ意味がない。
悲しげに目を伏せたアイリだったが、次に言われた言葉に驚き、顔をあげる。すると、あまりにも優しい瞳と目が合って心臓が跳ねた。