他を優先する強さ
「……陛下?」
微かな声に、膝の上に頬杖を突いて目を閉じていたファビアーノは、勢いよく顔をあげた。目を開けたアイリが、不思議そうな顔をしている。まるで、どうしてここに陛下がいるのだろう、とでも言いだしそうだった。
ファビアーノは、泣き笑いのようなものを浮かべ、アイリの手を取る。ぎゅっと握ると、アイリは微笑みながらそれを握り返した。湖に落ちて意識が沈む瞬間、力強い腕に引っ張られたような気がした事を思い出す。あれは陛下の腕だったのだ、とアイリは確信できた。
「ご心配をおかけしたようですね、陛下」
「ああ……。胆を冷やした」
その言い種が面白かったのか、アイリはまた笑った。そして何かを思い出したように起き上がろうとすれば、ファビアーノが素早くそれを支える。
ラウロが見たら驚きで目を丸くした後、面白がっているような笑みを浮かべることだろう。妻を気遣う事のどこに問題がある、となぜかファビアーノは心の中で反論しておく。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます。あの、ところで陛下。マティアス殿下は大丈夫でしょうか。お怪我をされたのではありませんか?」
自分の心配は後回しか、と苦笑するファビアーノだったが、それがアイリらしいところだと理解していた。咄嗟に助けようとして湖に落ちるくらいだ。アイリが目覚めた今となっては、そう思える。ただ、今後は控えて貰いたいところではあるが。
安心させようと頭を撫でるファビアーノを、アイリはおずおずと遠慮がちに見上げる。その様子にすら愛おしさがこみ上げてくることを、果たしてアイリは気がついているだろうか。そんなアイリに笑いながら、ファビアーノは口を開いた。
「膝を擦りむいた程度だからすぐ治る。それに王子だぞ。あれくらい平気になってもらわねばならない」
「では慌てる必要はありませんでしたね」
「それにマティアスもな。状況を考えて行動するように、と今度教えておく必要がある」
「お手柔らかにお願いします」
「ああ。それから、マティアスもエヴェリーナも心配していたからな。後で顔を見せてやるといい」
「そうですわね」
それでは今から、と立ち上がろうとするアイリを、ファビアーノが手を引いて引き留める。
「少し話がしたい。いいか?」
許可を求めるなど、ファビアーノには珍しいことである。アイリは浮かしかけていた腰を戻し、ファビアーノを見つめる。
一体なんだろう、と緊張した面持ちをしているアイリに、ファビアーノは笑った。