願いはただひとつ
王宮に戻ってからアイリは、珊瑚の宮の侍女が使う部屋の一つに寝かされていた。今は使ってはいないとはいえ、アイリの寝室に運ぶのはファビアーノの気が引けた結果である。
そのファビアーノは、眠るアイリの隣にずっと付き添っていた。医者の見立てによれば、じきに目を覚ますだろうとのこと。だからこそ、陛下もお休みください、と侍女たちに言われても、目覚めるまではと、こうして待っているのだ。
湖に行こうと思ったのは、子供達を連れて行きたかったのはもちろん、日々頑張っているアイリにも休んで欲しかったからだ。子供たちのことを考えてくれているアイリが、少しでも心安らいで気分転換できるように。
その為に何とか一日予定を空けたというのに、まさかこんな事になるとは。静かに眠るアイリを見つめながら、そんな風にため息を吐く。
マティアスとエヴェリーナも泣きながら心配していたが、お父上にお任せしましょう、というミーナの言葉で、部屋に戻っていった。ファビアーノも正直二人を慰めてやれるほどの余裕もなかったため、それは大いに助かったことだ。
ファビアーノは、額にかかるアイリの髪を優しく払ってやる。珍しいと思った灰金色の髪。侍女たちが毎日念入りに手入れをしているおかげで、いつ見ても美しく艶があった。それが今は沈んだような色に見えるのは、ファビアーノの心境のせいかもしれない。
こうやって寝顔を眺めるのは、最初の夜以来だ。あの時、アイリの目の端から零れた涙を拭ったことをまだ覚えている。泣きそうな顔で、それでもそれを隠そうとしていた姿。その健気な姿に、もしかしたら惹かれたのかもしれない。
こんな状況でなかったら、その寝顔を飽きるほど見ていたいと思うのだけれど。
アイリが湖に落ちたとき、ファビアーノは一瞬息が止まるかと思った。それほど衝撃的で、王宮に戻り命に別状はないと分かった時は、大袈裟でなく神に感謝したほどである。自ら湖に飛び込んだ事はラウロや護衛に窘められたが、結果的には問題ないと思うことにした。
そして、アイリが目覚めるのを待ちながら、逃げてばかりでは駄目だな、と考えている。
これから先、何が起こるか分からない。まだ早い、などとは言っていられない。その為に、自分の想いも知ってもらわなければならないだろう。いつまでも誤魔化すのは、精神衛生上、とてもよくない。ここ最近のアイリが、美しく笑うようになったから、余計に。
だから早く目覚めてくれ、と切に願っていた。