穏やかな日々に
――――翌日。
王宮から東の方へ進むと、風光明媚な湖水地方に出る。大小様々な湖が美しい水を湛える、王家の保養地でもある場所だ。近くに離宮の一つがあるが、泊りがけとなると事前の準備も必要であり、人も荷物も増えるし大変だろう、という事で今日は日帰りとなっている。
国王一行がその湖に辿り着いたのは、正午近くになってからの事。一台の馬車に国王夫妻と二人の子供たち。その後ろに続く馬車には、四人の侍女が乗っている。騎乗したラウロと護衛兵がその周りを固め、彼らは何の問題もなく目的地に到着したのだった。
道中、マティアスとエヴェリーナは嬉しそうにはしゃぎ、馬車から外を眺めては、初めて見る町を指差していた。同乗しているアイリやファビアーノに、気になる物があれば、あれは何、とすぐに問いかけ、好奇心いっぱいだ。
馬車から顔を出したりする事には、ひやひやしていたアイリだったが。そのおかげかどうか、苦手な馬車の揺れが気にならず、アイリにとっても、楽しい旅路となったのである。
真っ青な空を映した湖の側で昼食を摂り、その後は思い思いに過ごしていた。王家の人間しか入れない一帯にいるため、自然の音だけに包まれている。さらさらと梢を揺らす風が、湖に足を浸して涼むアイリの髪を靡かせ、日の光がそれを煌かせていた。
ファビアーノは木陰で目を閉じ、エヴェリーナは疲れたのか、侍女に凭れて眠っている。一方のマティアスは様々なものに興味を示し、元気に動き回っていた。それを見守る侍女の顔にも笑みが浮かび、ゆったりとした時間が流れていく。
ここ最近の忙しさが、これで癒される事だろう。戻ればまた忙しくなるけれど、今だけはそれを忘れてしまって平穏を噛みしめたい。そう思いながら、降り注ぐ日差しにアイリが目を細めた時だった。
「アイリ様!」
向こう岸に居たマティアスが、両手で何かを挟むように掲げ、嬉しそうに走りよって来る。何か見つけたのだろう。見た事のない植物か、虫や蛙か。ここ最近のマティアスはそういったものに興味を持ち始めたようで、図鑑を面白そうに眺めていることが多い。
ある時は虫を捕まえて来て、虫が苦手な侍女を震え上がらせ、アイリが注意した事もあったが。万が一そういう場合でも、ある程度は平気なアイリは、一体何を持って来てくれるのかしら、と微笑みながらゆったりと構えている。だが、怪我をしたりしては大変だ。そう思ったアイリは、注意を促す事にした。