それは恋煩い
「アイリ様?」
しばらくぼんやりとしていたアイリに、いつの間にか戻ってきたミーナが声をかけた。陛下はもうお帰りで、とさらに問いかけると、力ない笑みが返ってくる。
アイリが、ファビアーノの帰った後、寂しげな顔をするようになったのは、いつからだろうか。少なくとも、ここ最近の話ではない。
だがそんな姿も、ミーナには微笑ましいのだけれど。あの小さかったお嬢様が、と感慨に浸るのも一度や二度ではない。
「殿下方はお昼寝に行った?」
その問いに頷きながら、ミーナはアイリの表情を窺う。
輿入れした当初はまだ、どこか幼さを残していた。そんなアイリが今や、花が開いたような美しさを備え始めている。
第一王妃としての責任、そしてファビアーノへの愛で、アイリは心身共に大人になったのだろう。ファビアーノがそれに気が付かない筈が無い。瑪瑙の宮へお呼び出しがかかるのも、きっと時間の問題だ。
と、ミーナは思っているが、本人はまだ無自覚のようだ。呼び出しが無い理由に悩んでいるのもお見通しである。しかし、あえて何も言わないというのもアイリの為だった。
「陛下がね、明日は皆で湖に行こうとおっしゃったのよ」
「それはよろしいですね。お昼の用意もしなければ。後ほど、殿下方の希望を伺いましょう」
「お願いね。そういえば二人にとっては、初めての遠出になるのかしら。マリッカ様はあまり遠出は出来なかったと聞いたから。でも、二人とも楽しみで眠れなくなるかもしれないから、知らせるのは明日にしましょう。きっと喜ぶわ」
それは殿下方だけではないだろう、とはミーナは口にしない。頬を紅潮させ、目を輝かせているアイリを、微笑ましく見つめている。
「なあに?何かついている?」
ぺたぺたと顔を触りながら言うアイリに首を振り、違うことを口にする。
「いえ。残念ながら、私は遠慮してもよろしいですか。最近、どうも足の調子が悪くて。長く馬車には乗れないかと」
「そうなの。それは本当に残念だわ。昔はどこへでも着いてきてくれたから」
今では想像も出来ない程、お転婆だったアイリには手を焼かされたものであるが、振り返ってみればいい思い出だ。
「……実は私は、アイリ様が輿入れをする時に辞めるつもりだったのです」
「初耳だわ」
「ええ。そうはならなかったので、話しませんでした。アイリ様が一緒に来てと、言ってくれたお陰ですよ」
「ここまで一緒に来てくれてありがとう。本当に、ミーナには助けられてばかりよ。これからも側にいてね」
微笑みながら言ったアイリに、ミーナはしっかりと頷いたのである。